小ネタ
メリークリスマス:もしヴァイルがサンタだったら
 ヴァイルが家に入ると子どもが寝台で眠っていた。この家にいるのはどうやらこの子どもだけらしい。テーブルにはクッキーとミルクが置いてある。すでにいっぱいになったお腹をなでさすりながら近づく。クッキーはなにか動物をかたどったものらしく、耳がついている。手にとろうとして、視線を感じた。
「サンタさんだよね。はじめまして。私、レハト」
 子どもは寝グセをつけたまま、サンタクロースを見逃すまいと目を皿のようにしてこちらに向けている。寝たふりだったのか。
「このクッキー、あんたが焼いたの?」
「うん! たくさん焼いてきれいにできたのを選んだんだよ。耳がもげたのとか、こげたのを食べてお腹いっぱいになっちゃった」
「俺を待ってたのか」
「お願いを言いたくて」
 クッキーとコップを持って子どもの横に座る。時間短縮のために話を聞きながら食べる。
「それで、何が欲しいんだ」
「……家族がほしい」
 それは、俺でも与えられないものだ。顔色をうがかった子どもにもそれが伝わったらしく、うつむいた。と思ったらすぐ顔を上げて、抱きついてきた。
「サンタさんがほしい」
「……俺はサンタクロースだから皆に贈り物配る役目があるんだ」
「じゃあ、私も一緒に連れてって! サンタさんのお手伝いする」

 ソリに子どもが乗っている。俺の上着にくるまり、ぴったり体をひっつけたまま寝てしまっている。ソリの乗り心地はすこぶる良いようだ。すうすうと鼻から漏れる息は平和そのもので、呼吸のたびに上下する存在はあまりにも確かだった。
「……連れてきちゃった」
 離そうとしてもものすごい力でしがみついてきて、どうやっても離れなかったから。家族も親戚も誰もいないひとりぼっちの寂しさを訥々と訴えてきたから。子どもの目が真剣だったから。贈り物を配る時間がなくなってしまうから。
 子どもの願いを叶えてしまった理由をいくつも考えて、どれもしっくりこない。
 なんて、本当はわかってる。……俺が、寂しかったから。得られないと思ってたものが、突然胸の中に飛び込んできたからだ。とっくに諦めたはずだったのに。
 次の家に着き、そっと子どもから離れて、ソリをひく兎鹿の一頭に番をさせる。
「くしょん」
 小さなくしゃみに振り返ると、子どもはヴァイルの代わりに兎鹿によりかかって毛に顔をうずめるようにして眠っていた。
 子どもは俺の手伝いをするといったけれど、結局家に帰っても起きる気配はなかった。
 翌朝子どもはしょんぼりした様子で寝てしまったことを謝った。気にしなくていいと言って、焼きたてでふかふかのパンにとろりと溶かしたチーズとカリカリのベーコンを乗せて、花蜜を加えて温めたミルクと一緒に出してやると、あっという間に笑顔になる。そうして子どもは朝食がどんなにおいしいのか逐一報告しながらぱくぱく食べる。見ているとなにやら不思議な心地になったものの、それがいやではない。子どもの頭をなでて、おかわりのパンを取りに立ち上がったのだった。

(2012/1/13)
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迷子の寵愛者
 城はあまりにも広い。長い廊下が続いていて、同じような扉がいくつも並んでいて、中庭の茂みに飛びこんで出たらもうどちらから来たのか、自分の部屋はどこにあるのか、さっぱりわからなくなっていた。
 ともかく部屋に戻ろう。
 おぼろげな記憶と方向感覚を頼って歩いて行くと、まったく見覚えのない場所にたどりついた。道を尋ねようにも人の姿さえ見あたらず、廊下は静寂に包まれている。
 運良く中庭に面した廊下にたどり着いた。やはりそこも見覚えはなかったけれど、木々の向こうの遥か遠くに塔が見えた。また建物に入ってどこかわからなくなるより、中庭を一直線につっきったほうが安心だ。
 これで大丈夫。戻れる。歩き出したはじめは喜びで足取りも軽くなった。それなのに、進めばすすむほど茂みは濃くなり、高木が多くなっていく。もはや空はとぎれとぎれにしか見えない。さらに迷ったのだとわかると足が重くなり、心臓が早鐘を打つ。額からは汗がじっとりふきでているというのに、指先がひんやり冷たい。
 どうしよう。このまま誰にも会わず、森みたいに広い中庭でひとりぼっちのままだったら。
 ふらふらの足取りでただ足を動かし前へと進んでいると、いつの間にか少しひらけた場所にたどり着いた。
 どっしりとした大木の根本に人影が寄り添うように立っている。
 あの見覚えのある緑の髪、青い服。……ヴァイルだ。
「ヴァイル!」
 走って、走って、駆け寄る。振り返ったヴァイルに抱きついた。昨日会ったばかりなのに懐かしくてたまらない。
「ヴァイルと会えてよかった! アネキウスに感謝してもしたりない。明日からちゃんと毎日お祈りするよ」
「……俺も、レハトと会えてよかったよ」
「ここでのたれ死ぬかと思った」
「まったく、大げさなんだから。ほら、手かして」
 言われて出した手を握りしめられる。もう一人になりたくないとばかりにぎゅっと握りかえした。温もりと感触に安心する。もう大丈夫。一緒にいればもう迷わない。
 静かな中庭でぐうとお腹が鳴った。ヴァイルはつられて音の出所を見て吹き出した。
「んじゃ、まずは広間行こうぜ」
 大きく頷いてヴァイルに連れられて歩く。どんどん景色が変わっていく。ヴァイルの足取りは自信を持ったもので躊躇いがない。小さい頃からずっと城で育ったという話だから、迷うことはないのだろう。自分も年明け頃にはそうなれるだろうか。

(2012/1/13)
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もし七夕があったら(ヴ好愛高)
 例年通り中庭に細長い木が設置された。皆角明りを灯し、飾り付けをしたり、机や椅子それに短冊を用意したりと準備に忙しくしている。廊下の向こう側からレハトが駆け寄ってきた。
「何この木?」
「七夕に使う木だよ」
「七夕って何?」
「毎年青の月の七日に願いごとを紙に書いて木につるすんだ。そしたら神の国に行った人が願いを叶えてくれるっていう話」
「木につるすってことは、皆に見られるよね」
 レハトが顔を上げて大きな木を仰ぎ見た。
「願いごと見られたら叶わないって言い伝えはないよ、一応」
「うーん……そうだ、てっぺんに付ければいいか」
⇒知力10以上
「こっち見ないでよヴァイル」
「そっちこそ」
 レハトは思案するふうでもなくすぐさまペンを手に取り願いごとを書きつづっている。一体レハトは何を願うのだろう。
 ⇒王○の場合
 もしかして「王様になりたい」なんて書く気だったりして。だったら俺も同じことを書いてやろうか、それとも……。ううん、書けるわけない。そんなこと叶うはずないし。
 ⇒王○以外&村印象25以上の場合
 早く村に帰りたい、とか。でも、それはきっと叶わない。
 レハトの額に印がある限り、次代の寵愛者が見出されるまで城から離れることは難しいだろう。
 仮に神官への道を進むのならその可能性はある。ただし神殿が寵愛者を早々に手放すわけはなく、いつ村へ戻れるか定かでない。もしくは、レハトが爵位を受けて村を含めた一帯の領主になれば帰れる。とはいえレハトは舞踏会や御前試合に参加せず、名声を上げようとする様子はない。
 もう一つ可能性がある。貴族と結婚すればいい。そうしたら大手を振って城から出られる。レハトがいた村に近い領地を持つ貴族ならもっといいだろう。
 ……レハトが本当に村に帰りたいなら帰ればいい。でもここにずっといて欲しい。我儘だってわかってる。だからそう願うだけ。
 ⇒それ以外の場合
 ちらりとレハトをうかがうが、腕と頭で隠すように書いている。それほどまで秘密にしたい願いとは何だろう。気になったものの、結局レハトの願いごとが何か知ることはできなかった。
⇒知力10未満
「字書けないや。代わりにヴァイルが書いてよ」
「うん。でもさ、願いごと……俺が聞いちゃっていいの? 他の奴に知られたくないんだろ」
「いいよ、ヴァイルだし」
 そう言って、備えつけられたばかりの机に向かった。すとんと座ってヴァイルへ手招きする。隣に座るとレハトが顔を寄せてきてそっと願いごとを口にした。それはとてもくすぐったく、嬉しく耳に響いた。

(2012/8/19)
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聞き間違い:非ヴァイルED後の女ヴァイルと男レハト。
 篭りが明けて、外を出歩けるようになった。
 レハトになんて言おう……。さんざん男になるって言ってたのに女になっちゃって。
 いや、ただ女になりたくなっただけだから。伯母さん見てて女も悪くないなって思ってたし。俺が好きで選んだことで別に理由なんてない。
 結論が出たところで、レハトの元へ行くべく部屋を飛び出しずんずん歩く。階段から廊下にさしかかったところでばったりレハトに出くわした。
「ヴァイル。えっと、女になったんだ」
 気にしていたことをずばり切り出され、とっさに何か言わなければならないと早口でまくしたてた。
「あ……お、れが好きで女選んだだけだから! それだけ」
「えっ、ヴァイルが僕のこと好きで女を選んだって!?」
「……え? ちが……っ」
「嬉しい!」
 満面の笑みを浮かべたレハトにぎゅっと手を握られた。
「篭り前に告白しようと思ったけど、どうしても勇気が出なくて……。でもヴァイルに神殿に先に行くように勧められたとき思ったんだ。僕のことを少しでも好きなら、男を選べばヴァイルは女を選んでくれるんじゃないかって。もしそうなったら今度こそ告白しようって決めてた」
 何も言えずに、レハトの顔を呆然と見る。
 嘘嘘、嘘だ。じゃなきゃ夢だ。これ。そうに決まってる。だって、こんな都合のいい現実なんてない。
 前より一回り大きくなった手のひらに包まれている自分の手を見て、顔が熱くなった。
「先越されちゃったけど、言うよ。僕もヴァイルが好きだ」
 レハトの視線に気圧されて、うつむいてしまう。篭りの間にすっかり伸びた髪の毛が、頬を肩を滑り落ちていく。それでも視界に繋いだ手が入ってくる。レハトの手と、自分の手。
「あれ、ヴァイルどっか具合悪いの。……大丈夫?」
 困惑した声が頭の上から降ってきた。
「へい……き」
 首を振って答える。顔はまだ上げられない。今自分がどんな顔してるのかすらわからない。嬉しそうなのか、泣きそうなのか、それとも悲しそうなのか、苦しそうなのか。
「今、絶対変な顔、してる……から」
 不意に繋がった手が離れていった。背中を押されて、レハトの身体にくっつく。抱きしめられた。もう片方の手が肩にしっかりと触れてくる。
「これで見えない」
 レハトの腕の中に包まれて、心がふにゃふにゃになってとけていく。
 どうしよう。嬉しい。ホントに? レハトが俺のこと好きだって。一人で、一方的にこんなことしたってどうにもならないって思おうとしてた。逆の性別選んだって、俺とレハトの関係は変わらないって。でもどこかでこういうこと、期待してた。
 まだ頭のどこかで信じられなくて、レハトの服を掴んだ。彼の腕がぴくりと動いた。やっぱりやめようと手を離す前に、思いきりきつく抱きしめられる。耳元でかすれた囁き声が響く。
「ヴァイル。好きだ……好きだよ」

***

 寝台の上に腰掛けてぼうっとする。侍従に促されて寝台に潜って目を閉じる。今日は、一日がとても短かった。
 あれ……俺まだはっきりレハトに自分の気持ち伝えてない。なんかもうタイミング逃しちゃって言い出しにくくなったな。何て言えばいいかも、うまくまとまらない。
 それにしても何で俺がレハトのこと……そうだって勘違いしたんだろ。間違ってないけど。確かあの時「俺が好きで女選んだだけ」って言っただけなのに。レハトの「れ」しか合ってない。変なの。
 小さく笑って寝返りをうつ。閉じていたまぶたの裏にレハトの顔が浮かぶ。声が耳によみがえってきた。
「っ……!」
 枕を顔に押し付けて足をばたつかせる。
 眠れない。全然眠れない。

(2012/11/29)
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王配のムキムキ
 成人してからもヴァイルは身体を鍛え、剣の訓練にも熱心だった。
「もしかしてヴァイル、ムキムキになりたいっていう気は変わってないの?」
「うん。女だとやっぱ筋肉つきにくいみたいだけどさ」
⇒止める
 ヴァイルをぎゅっと抱きしめる。突然のことに驚いたらしく強張った身体をなだめるようにそっと腕を撫で、キスをした。
「ヴァイルの柔らかい身体が好きだから、そのままでいてほしい」
「……こんなとこで、いきなりこういうのはやめてよ」
「何で?」
「びっくりするから。……それに人に見られてるし。あ、あと剣持ってた!」
 剣は護衛の衛士によって、落下すると同時に回収されていた。
「うん、これからは気をつける」
「……ならいい」
⇒励ます
「頑張って。ヴァイルならきっとなれるって」
「ん、ありがと」
 一年後。美々しい鋼の身体を手に入れたヴァイルに似つかわしい衣裳を仕立てさせた。スカートでは脚の筋肉が隠れてしまうため、柔らかく光沢のある薄い布で作られたズボン。服を着ていてもその強靱な肉体の存在が分かるように配慮されたデザインは、彼女にも気に入ってもらえた。
 豊かな筋肉からくりだされるとは思えぬ稲妻のような剣速と、腕力に相応しい重量のある剣さばきに勝てる者は城にも、おそらくリタントのどこにもいないだろう。
 ヴァイルのムキムキは舞踏会でも発揮された。鍛えぬかれた上肢と下肢を駆使した超絶技巧の踊りは他の追随を許さず、皆が彼女に魅了されたのだった。
⇒一緒に頑張る
 ヴァイルだけムキムキになると、こちらが貧相に見えてしまう。王としての威厳があやうくなるかもしれない。
 ヴァイルに付き合って、なるべく時間をみつけては筋力をつけるための鍛錬に励んだ。
 筋肉が増すたびに互いに見せ合い、競い合った。それもあって、みるみるムキムキになった。
 やがて貴族たちの間でもムキムキが流行り、衛士らが貴族に負けてはすたるとばかりに訓練に熱が入り、貴族たちが力を誇示し鍛錬するために衣裳をはじめ家具から筆記具に至るまで重量のある品を好んだことから使用人までも知らずに筋力増強することになり、軟弱そうな商人だと品物まで軟弱に見えるから買わないなどという風潮まで出始め、今では城を歩く者の三人に一人はムキムキだ。

(2013/1/24)
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子どもと印:ヴァイル愛情ED後、息子の話。
「どうしてお父さんにもお母さんにも印があるのに、ぼくにはないの?」
 身内だけが集まり、穏やかな日射しの下で露台のお茶会。いつくるかとひそかにヴァイルと話していた質問がとうとうきた。
⇒嘘をつく
 これはヴァイルと私が夫婦という証なので、子どもが持っていないのは当然だと説明した。
「じゃあぼくが大きくなって、けっこんしたら印が出るの?」
 そうだとうなずいて、頭を優しくなでてやる。
 ヴァイルの目が、そんなこと言っていいのかと問うている。タナッセの目もそれに加えて呆れた要素を含んでいた。
 私は母親に、印がみっともないあざだと嘘をつかれた。
 根には持っていない。ただ粛々と受け継いでいくのみだ。
⇒なくてもいいもの
 あるとお城に閉じ込められてしまうから、ないほうがいいものだ、と正直に教えてやる。ぎょっとした顔のヴァイルとタナッセがこちらを見やる。
「でもほしいもん」
 ないものねだりはよしなさい、と優しく諭す。
 タナッセが複雑な表情でこちらを見ている。私に対して言いたいことでもあるような目をしている。
 従兄弟伯父さんに相談するように言った。
 タナッセはいいお手本になるだろう。少なくとも何か示唆を与えてくれるのではないかと期待する。彼は五代を素晴らしく平穏に務めたリリアノの息子で、印持ちではない。立派に成長して今ではランテ領を堅実に治めている。
 タナッセは子どもには優しく接するものだから、すっかり息子はタナッセに懐いていた。だから私が言ったことを素直に受けて、短い手足をちょこまかと動かしてタナッセの膝元に駆け寄っていく。熱心にあれこれ質問をした。それに、タナッセは律儀にいちいち答えている。
 ヴァイルに焼き菓子を切り分けてやり、空になっていたカップにお茶を注ぎ、私たちはお茶会を続行したのだった。
⇒あげる
 息子を呼び寄せ膝に乗せて額と額をくっつける。それからヴァイルの膝へ移動させ、同じことをするようヴァイルに促した。ヴァイルの両脇にある髪が息子の頬にかかってしまい、くすぐったそうに身をよじらせている。ヴァイルの、息子に注ぐ眼差しは日射しのように温かだ。
「これでぼくも印ができたんだ!」
 喜んだ様子で室内へ飛んでいった。少しして戻ってきた息子は、ぶうぶう文句をいう。
「ついてない! ぜんぜんついてないもん! お母さんのうそつき」
 いまのは私とヴァイルが息子を愛しているという印で、人にはそうそう見えないものだと言う。わからないといった顔をするので、またもや私とヴァイルとで額をぐりぐり合わせてやる。最初は反抗の意志を示していた息子だが、じゃれあいのようになって皆で笑いあった。タナッセは加わらずに見ているだけだったが、息子が大好きな従兄弟伯父さんに額を合わせようとしたとき、逃げなかった。
 額と額を合わせる仕草は、いつしか家族の愛情表現として定着したのだった。
⇒我儘をいうものではないと叱る
「やだやだやだ! ほしいったらほしいんだもん!」
 床に転がり手足をじたばたとばたつかせて、わめきたてる。
 タナッセが顔をそらした。礼儀にうるさい人だから子どもが見苦しくだだをこねる様子を見るのが嫌なのだろう。
「印がほしいー! ほしいのー! ぼくもほしい! ほしい!」
 野放図に振り回される小さな拳を握りとめ、耳元で、ずっと欲しがっていた別のものをあげようささやいた。
 その途端にぴたりと泣きやんだ。
「なに?」
 両手をつないで引き起こす。いつの間にか席を立って来たヴァイルが息子の服をはたいてやる様子をちらりと見て、はっきりと、弟ができたのだと告げる。
「わーい! やったあ! 弟だー。ぼくに弟ができるんだー!」
 喜んで、みんなに教えてくるといって転がるように部屋を出て行ってしまった。衛士らがそれに続いていく。
「レハト、聞いてないけど」
 たった今言ったと微笑むと、ヴァイルは私の手を握った。
「ありがとう……城がもっと賑やかになるね」
⇒印について詳しく教える
「お母さんには印があるけど王さまじゃないよ?」
 たまたま印を持つ人が二人いて、勝負をして勝った方が王になっただけだ。そう説明をしてもまだ不満げな息子に、王になりたいかとたずねる。
「べつにいい」
 ヴァイルはほっとした顔を見せていた。
「お父さん、忙しそうだもん。ぼくはね、文官になってお父さんをたすけてあげるの。そしたら、もっともっと、みんないっしょにいられるでしょ」
「それは頼もしいな」
 息子は父親に頭をなでられて、照れくさそうに笑っている。なでているヴァイルも似た笑みを浮かべていたのだった。

(2013/4/4)
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小さな子ども
 レハトは俺を見るなり、むっとした顔をした。
 何かしたっけ? なんて問う間もなくレハトが言った。
「ヴァイルばっかりずるい」
「何が?」
「ヴァイルにばっかり懐いて、こっちにおいでとかいってもぜんぜん来てくれなかった。抱っこしようとしたら大泣きするし。ずるい」
 話が全然見えない。
「何それ。誰のこと?」
「わかんない。まだよちよち歩きのちっちゃい子」
「会った覚え全然ないんだけど、俺」
「当たり前だよ、だって昨日見た夢に出てきた子だもん」
 そんなことで怒っていたのか。俺は全然関係ないじゃんか。まあ、レハトの夢の中の俺ではあるけど。……うん、夢に出てきたんだ。最近レハトとよく遊びまわってるしな。それでだ、たぶん。
「レハトの夢なんだから、村で会った子どもなんじゃないの」
「だって見るからに貴族みたいな格好してたから違うよ。ええっと、リリアノみたいな髪の色してた。目の色は……そうだ、ヴァイルと同じだったよ。だからかな、笑った顔もどっかヴァイルに似てた」
 一瞬、もしかしてと思った。でもそんなのありえない。だってまだ、産まれてもいなかった。
「そんなことより今日は犬見に行くんだろ。ほら、行こーぜ」
 レハトの手を取って歩き出す。まだむくれているのか、夢の愚痴が長々と続く。
「……でね、ヴァイルと取り合いしてたら、その子のお母さんらしい人がひょいって抱き上げて、『もう行かなくちゃ』って」
「へー」
 やっぱり行っちゃうんだ。まあ、夢だけど。
「でもさあ、すぐ振り返って戻ってきたんだ。それで女の人がヴァイルのおでこにちゅってキスして『愛してる』って言うんだよ? やっぱりずるい。ヴァイルばっかり皆に好かれて。しかも私には『この子をよろしくね』って言うんだよ。でもよろしくねって言っておいて、子どもを連れてっちゃうなんておかしいって思わない?」
「はいはい」
「ちゃんと聞いてよー」
「聞いてるってば」
「聞いてるならこっち向きなよヴァイルー」
「やだ」
 足を速めると、いつの間か手を離して真剣勝負の追いかけっこが始まった。
 全速力で犬小屋の前まで走って座り込んだ。レハトと二人でぜえぜえ言う。顔を合わせた途端、笑いがこみあげた。

(2013/4/26)
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レハト、城にいたがる
【か弱げな求愛者。一人称:私】
「母さんを亡くしてから、私の行くところなんてどこにもない」
「ずっとここに……レハトがいたいっていうなら、ずっと城にいればいいよ。王様になるとかならないとかそういうの関係なくさ。誰も反対しないし、もし何かいう奴がいたら俺が言って……」
 レハトがヴァイルの身体にぶつかるようにしがみついた。
「……好き」
「えっ!? その、あの……レハト? 俺もっ……す……おんなじ、き……。ああっ、やっぱ今のなし! 弱みにつけ……むみたいだし、今のはなし」
「ヴァイル……私のこと嫌い?」
 心細げに下がった眉、頬から絶え間なく伝い落ちる涙。
 ヴァイルは大げさなほど手を振って弁解する。
「ちがっ、ちがう……レハト……っ、そじゃなくて、あの、今、レハト泣いてて、落ち込んでて気が弱ってるし!」
「どうしたら、好きって言ってもらえるくらい好きになってもらえる? ヴァイル、ここにいていいって言ったよね? でも誰だって好きじゃないのにずっと一緒いたいなんて人いないよ。私、ヴァイルとずっと一緒にいられるように好きになってもらいたい」
「うあっ、あ……!」
「ヴァイル?」
 喉をひくっひくっと鳴らしてヴァイルがうつむく。
「……だ……めだっ…………俺」
 小さなつぶやきと共に何度も首を振る。
 ヴァイルから身体を離し、涙を袖でぬぐいレハトは泣きそうに微笑んだ。
「ごめん。ヴァイル。なんか、ヴァイルと話すのとか、遊ぶのが楽しくて、居心地よくて、どこか繋がってる感じがしたけど、私のひとりよがりだったんだね。好きになってほしいって押しつけたりしないから……お願い、嫌わないで」
「レハト!」
 ヴァイルがレハトの体を抱きしめた。
「好きだ。俺もレハトと一緒がいい。……どうせ、レハトも俺を置いて行っちゃうなんて思って、いてほしいなんて言えなかった」
「ここ以外行くところなんてないよ……」
 潤んだ瞳に見つめられ、ヴァイルが身じろぐ。いくらか逡巡した後、レハトを抱きしめる腕に力を入れた。
「レハト……大丈夫。俺がずっと側にいるから」
「うん。ずっとずっと一緒?」
「ああ。ずっと……」


【やんちゃな努力家。一人称:僕】
 レハトは過労がたって寝込んだ。
 城に来てから常に何かをして身体や頭を動かしていた。ところが医士に安静を言い渡され、寝台の上で手持ちぶさたに寝返りをころりころりと打っては、うなりに似たため息をもらした。
 そんな鬱屈していたレハトのもとへ、ヴァイルが訪れた。見舞いの果物に大口を開けてかぶりつく病人にヴァイルが尋ねる。
「王になるつもりないって伯母さんに言ってるみたいだけど、どうしてそんなに何でも一生懸命なの」
「それがさあ、聞いてよ、僕のいた村なんてほんと狭い世界でさ、未婚の母親と父なし子の扱いなんてひどいもんだよ。それに比べたら城は食い物タダだし、うまいし、いつでも食べられるし、寝床はふかふかでいい匂いだし。嫌がらせなんかも、嫌味や当てこすりですむなんて奇跡だね。村では何度か死にかけたよ。馬鹿な子どもって手加減知らないからやり過ぎるんだよな。あ、僕の腹見る? これが一番でっかい傷なんだ、崖から落とされてその途中の木でひっかいた。まあひっかかったおかげでこうして生きてるんだと思うけど」
 どこか自慢げな顔のレハトは布団をめくり寝間着をたくし上げ、腹部を見せる。へその脇に肌がひきつれたような跡が残っていた。痛々しい傷跡とは裏腹に、顔は晴々としていた。
「だからさ、ずっと城にいたいんだ。勉強難しくてさっぱりわかんないし、舞踏会とか御前試合もどこらへんが楽しいのかわかんないけど、何もしてなかったら役立たずだって城から追い出されちゃうもんな」
 ヴァイルから見てもレハトは頑張っているのがわかる。ただ、あれもこれもといっぺんに勉強しようとしてかえって集中力を欠くのか、励むほどには伸びていない。
「……そんなことない。次の王様、俺だから。追い出したりなんかしない」
「嘘っ、ホントかよ、ヴァイル」
 身を乗り出して前のめりになってヴァイルに顔を寄せる。
「頼む頼む。一生のお願いだっ。ずっと城にいさせてくれよ。何でもするからさ」
 顔の前でぱんと手を打って頼みこむ姿を目の当たりにして、ヴァイルは一瞬言葉を失う。すぐさま笑って答える。
「……ん、それくらいお安いご用だって」
「いやあヴァイルってホント良い奴だなあ。こんな突然二人目だって出てきた僕によくそこまで言えるな。優しいってよく言われるだろ」
「別に、そんなことないよ。レハト大げさすぎ」
 黄緑の髪を何度か梳くようにして、気を紛らわせる。無意識に握った服の下から早まる鼓動が伝わる。そう、大げさなのだとヴァイルは自分に言い聞かせるように胸の内で繰り返す。レハトが城にいたがるのは誰かの為ではなく、寄る辺のない彼が生きる為なのだ。
 レハトは心底脱力したように寝台に背から倒れ込んだ。
「あー、ほっとした。なんだ、僕すっごい空回りだったなあ、こんな寝込むくらいへばってばっかみたいだ。早くヴァイルに相談すりゃよかった。なんだか安心したら眠たくなってきた」
 それじゃあと席を立ちかけたヴァイルをレハトが手を引いて止めた。
「なあヴァイル、お願いついでに僕が眠るまでここに居てくれない? 面倒になったら帰っていいから」
「……いいけど」
「ありがとう」
 目を閉じていくらもたたないうちに寝息を立てはじめた。レハトがゆるく掴んだままだった手はほとんどほどけている。けれどヴァイルは手を抜き取ろうとはせず、そっと握りしめたのだった。

(2013/8/10)
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もしバレンタインがあったら
 緑の月に入るとなにやら皆が浮き足立ち、出入りする商人の数もこころなしか増えた気がする。そこかしこから甘い香りが漂う中、ヴァイルと連れだってそぞろに歩いていると、唐突にヴァイルが宣言した。
「バレンタインなんて、王様になったら絶対禁止する!」
 なんでもヴァイルの元へは毎年大変な量のチョコレートの贈り物が押し寄せるらしい。
 それは残念だ。女性に分化した来年の篭り明けのバレンタインにはヴァイルにあげる予定だったのに。
「え、そう……なんだ」
 それきりバレンタインの話は出なくなった。
***
 篭もりが明けて、王様になったヴァイルがバレンタインを禁止するおふれは出さなかった。もちろんずるずる服はなくなったりはしないし、豆料理も広間で堪能できる、貴族の迂遠な会話も健在だ。おそらく御前試合の優勝者が王と勝負することもないだろう。ヴァイルは子どもの頃は自由奔放でやんちゃな言動があったものの、公式の場では次期国王として周囲に疑問を抱かせることはなかった。私は六代目も堅実な治世だろうと信じている。
 お抱え商人から勧められたチョコレートをいくつか見繕った。結局、数多の贈り物があふれかえっているのだから負担になるだろうとヴァイルへは何も贈らなかった。
 バレンタインの数日後、久々に昼食を一緒にとらないかとヴァイルに誘われた。
 今年も贈り物で侍従たちが大変な思いをしているのだろうかと尋ねると、彼はいまいち気乗りしないような笑顔で笑った。
「まあね。毎年毎年よくやるよな」
 それでも菓子職人が趣向を凝らした新作を楽しめるのだから、悪いことばかりではないだろう。
「ん? レハト、もしかして自分が食べるためにチョコ買ったの?」
 きっかけはヴァイルだったが、結果的にはそうなったので頷く。
 そこからチョコレートの話で盛り上がり、後日ヴァイルからチョコレートが届いた。
 艶やかな一口大の玉を噛むと外殻の薄いチョコレートが砕け、中から芳醇な果実酒の風味が広がり、舌の上で甘く広がった。一粒一粒大切に味わい堪能したのだった。返礼としてチョコレートを送ろうかと思案したものの、とっくにバレンタインは過ぎており、チョコレートは見るのも飽きてしまっただろうということで、美味しいチョコレートに捧げる詩を贈った。なかなかの好評を博した。
 一連のやり取りをどこから聞きつけたのか、やたらとあちこちの貴族から探りを入れられて少々参った。
 それというのも、私にもヴァイルにも求婚者はいるが、婚約にすら結びつく相手がいないからだ。そろそろ相手を真剣に選んだ方がいいだろうかとリリアノに相談をしてみた。ところが彼女としては、望む相手がいるなら手配はするが、いないのであれば口を出す気はないらしい。付け足すように別れ際、同輩のヴァイルの方が相談相手としては適任だろうという助言を受けた。
 ヴァイルに相談をもちかけたところ、お互い適当な相手はなく、王配狙いや印狙いにうんざりしていたため、困った者同士で結婚することになった。
 手近な所で妥協したと言われれば否定できないが、そう評されることは我慢ならない。何か紆余曲折があり、大いに盛り上がって結婚するいい手はないだろうかと一晩考えた。
 一度領地をもらい、故郷近くの僻地へ数年引っこむ。これで手近ではなくなった。そして会えないことに我慢がならなくなったヴァイルが遠い壁際の地まで私を迎えに来て、道々熱烈な仲を見せつけながら王城まで帰る。
 ヴァイルに提案してみた。
「……何もわざわざ時間と手間を掛けなくてもいいと思うけど。レハトは寵愛者だってことで今まで注目されてきたよね。それだけじゃない。俺たちみたいに、印持ちが二人同時代に現われた例はないよ。誰にも真似できない。手近じゃなくて……その、運命だってことにすればさ……どう? あちこちに手を回せば、いくらでもそういう話を盛り上げられるし、吟遊詩人に歌わせて広めてもいいかもね。まあ、レハトがしたいなら、時間をおいても構わないけどさ」
 と言われて納得した。運命。いい響きだ。
 こうして私たちはアネキウスの導きによって出会い、結婚した。

(2014/9/26)
【もくじ】 【戻る】
恥ずかしい夢:タナッセの成人前の夢。
 朝の身支度の最中に鏡石を見るとタナッセの額に選定印が輝いていた。何故か違和感があるが思い当たらない。
 リリアノがタナッセに次王としての心得を手ほどきした。
「お主のような子を持ち、母として誇りに思うぞ。来年の成人礼が楽しみだ」
 クレッセが城へ戻ってきた。
「今までふがいない僕の代わりにリリアノの側にいてくれてありがとう。もう逃げたりせず側でずっと彼女を支えていくよ」
 ランテの晩餐中、ヴァイルが好き嫌いをせず全部きれいに平らげた。
「タナッセの言うことはもっともだからね」
 ヴァイルの額を見て朝と同じ違和感がある。滑らかで真っ白な額。気のせいだと一笑にふす。
 ユリリエがいつになく威圧感のない様子で謝りに来た。
「これまで意地悪をして悪かったね。もう二度と虫を詰めたり川に突き落としたりなどしないよ」
 タナッセは異様に身体がむずむずして落ち着かない。おまけにうなじのあたりがぞくぞくとする。けれど二度としないという言葉に胸のつかえがおり、身体に羽根が生えたように軽くなった。
 ミーデロンが涙を流して敗北宣言をした。
「君の詩はなんて素晴らしいんだ! 今まで得意になって広間で朗読していた自分が恥ずかしい。これからはまばゆいばかりの君の栄光の影でしおらしくしているよ」
 ミヤリス・ディト=カリャサはタナッセが命じる前に、本棚から小指の爪ほどはみ出ている背表紙を速やかに整えた。これもひとえに日頃のタナッセの指導のたまものだ。
 廊下を歩けばタナッセを褒めそやす言葉が雨のように降りそそぐ。
 賢いだけでなく剣の腕も衛士に引けを取らない。御前試合に出場すればきっと優勝するに違いない、いやどんな悪党でもタナッセの名を聞いただけで恐れをなして逃げだしてしまうだろうと人々が賞賛し、タナッセはまんざらでもない気分で受け流した。
 タナッセが成人した直後、もう一人の寵愛者が見出された。その寵愛者は賢く美しく気立てもよく、名前をレハトという。辺境の村で育ったため城の生活に戸惑っていたが、すぐに礼節を身につけ元から城にいたかのような変貌を見せて周囲を驚かせた。新たに神の徴の持ち主が現れたことからタナッセの王位の正当性を疑う者がごく一部にあったが、レハトを王配に迎えた後は自然におさまっていった。なんと似合いの一対か、夫婦とはかくあるべしと絶賛され、末長く二人は幸せに暮らしたという。

「なんだ今の夢は……!」
 突然の起床に慌ただしく入ってくるミヤリス・ディト=カリャサを一喝して追い払い、しばらく寝台につっぷしたのだった。しかし二度寝をすれば先ほどの夢の続きを見てしまいそうだ。不愉快な顔で侍従を呼び寄せ、タナッセの一日がこうして始まった。

(2012/2/22)
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タナッセの親切なアドバイス
「そんなスプーンの持ち方では豆がこぼれるではないか。ああ、そうではない。指は添えるだけだ、力を入れるのではないぞ。スプーンをへし折るつもりか。口は料理が入る程度に開ければいいのだ、その大きく開けた口に横からなんぞ余計なものでも入れられたくなければ慎ましくしておくがいい。お前は本当に極端だな。閉じろとは誰も言ってないだろうが。一体その口のどの隙間から料理を流し込むつもりだ? 一を聞いて十を知る、とまでいかずともせめて一くらいは理解してほしいものだ。はっ……田舎者は田舎者らしく、いっそ手づかみで食べた方がよいのかもしれないな。そのように肩肘を張っていては味がわからぬだろう。せっかくお前の舌に不釣り合いの料理が用意されているのだ、とくと味わうがいい」

(2012/2/22)
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王子様のキス
 大きな切り株が残る中庭の奥へと連れだって歩く。タナッセは病み上がりのレハトを気遣って手を取り、根や枝があればそのたびに気をつけるよう声をかける。目的の場所へ到着し大柄な衛士が離れていき二人きりになると、レハトは上着を脱いだ。
「暑いのか? まだ陽射しは強くないようだが、もしかすると熱でもあるのではないか」
 眉をひそめたタナッセが、選定印がほのかに光る額にそっと手を当てた。顔色を窺い、ふと視線が下に降りる。ついこの間まで平らだった箇所がゆるやかな曲線を描いている。
「……まさか、それは……」
 女に分化したのだという報告に絶句し、その衝撃のあまりレハトを頭のてっぺんから爪先までまじまじと見つめなおした。
「ばっ……」
 飛び上がるようにして立ちレハトから半歩ほど離れる。目を見開いて、口をぱくぱくと動かしていたが、突然無言のまま肩に掛けていた布でレハトをくるんだ。
「何だ、その、身体は大丈夫なのか……つらくはないのか?」
 分化はいつの間にか完了したらしく具合の悪いところはない、と応えたレハトに大きくため息をついた。
「実のところ本調子ではないお前が篭りを迎えるのは不安に思っていた。むしろ知らずに終わるほど緩やかに分化できたのなら良かったのだろう。ああ、もちろん女になるつもりであったという前提だが」
 性別は希望通りだったので何も問題はないとの返事にタナッセは安堵のため息を再びもらした。レハトはタナッセがぐるぐると巻きつけた布を取り自分の上着をもそもそと身につけなおした。タナッセは返された布を受け取らず、レハトの肩へふわりと掛けた。レハトは嫌がるそぶりもなく大人しく受け入れ、タナッセに寄り添った。
 しばらく穏やかな静寂が辺りを包んだ。柔らかな風に撫でられて髪がそよぐ。鳥のさえずりがふたりの耳に心地よく届く。
「レハト、聞いてもいいだろうか。嫌なら答えなくていい。……分化の、きっかけのようなものに何か心当たりはあるのか」
 きっかけかどうかはわからないがタナッセが口づけをしたことではないかと推測を語るレハトの顔はほんのり赤く染まっていた。
「……そうか。すまない、私が軽率だった。」
 嬉しかったのに、という呟きにタナッセは顔のほてりを抑えられなかった。
「いや、やはり……すべきではなかった。篭りを間近に控えたお前の身体は影響を受けやすくなっていただろうに」
 膝の上の拳をきつく握りしめると、小さな手が重なる。タナッセはその小ささに、己の所業と幾度もわきあがる後悔の念にかられ口を閉ざした。レハトはかける言葉を探しあぐねた末重ねた手を握りしめた。つられてタナッセが顔を上げる。それまでタナッセに向けていたレハトのひたむきな眼差しと正面からぶつかることになる。急にそらすこともできずに、ふたりの世界にひたるように見つめあい続けた。
 しばらくして先に目をそらしたのはタナッセだった。ごまかすように顔を上げて、木漏れ日を眼を細めて眺める。
「その、お前のことは……母上はご存じなのか」
 医士を呼んだのはリリアノで、先ほど言った分化したきっかけについても伝えた、と耳を疑うような答えが返ってきた。
「言ったのか」
 こくりと頷いたレハトの柔らかな髪の毛がさらりと首筋に流れ落ちた。
「本当に言ったのか……そうか、母上に…………」
 がっくりと肩を落とすタナッセに、なぐさめるようにレハトが言い添えた。ヴァイルとユリリエにはまだ話していないと。

(2012/3/22)
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産みの繋がり・軽い編
 レハトが産みの篭りに入ってしばらく経つが、こちらには産みの繋がりの徴候がまったく現れない。レハトは寝込んでいるというのに。
「……ねえ、タナッセ。王城へ行くのなら、この手紙をヴァイルに渡してくれる?」
「ああ。私がいない間は決して無理をするんじゃないぞ」
「うん。いってらっしゃい」
 城へ到着し、ヴァイルと面会する途中廊下で侍従らが小声で噂話をしているのが耳に入った。
「今朝がたヴァイル様、ひどく具合が悪かったそうよ」
「昔は城中を走り回っていつもお元気で、病気なんて滅多にかからなかったのに。どうなさったのかしら」
 まさか。瞬時に頭をよぎった想像に自己嫌悪に陥る。ありえない。
 馬鹿馬鹿しい。だが、一度芽吹いた疑惑の種はざわつく胸中の不安を糧に育っていく。レハトはヴァイルと成人前から仲が良かった。結婚後も頻繁に城と領地を行き来していた。それは別の目的があったからではないのか。領地に私を残し一人で登城したことも一度や二度ではなかった。
 レハトに託されたこの手紙の内容は一体どういうものか。夫に見られてはまずいような手紙を本人に持たせるわけがない。そうに決まっている。
 だめだ。こんな調子ではヴァイルに会わせる顔がない。手紙は侍従に届けさせよう。
 きびすを返して角を曲がったところでヴァイルと鉢合わせになった。なんというタイミングの悪さだ。
「あれ、タナッセ。今待ち合わせ場所に行こうと思ってたんだ。丁度いいから、部屋じゃなくて中庭で話そう」
 観念し、中庭へ移動する。心を乱す元となる手紙はさっさと渡してしまえばいい。
「レハトからだ」
「ああ、ありがとう。レハト、具合悪いんだって? 大事にしなよ」
 そう言いながらヴァイルは封を切って私の目の前で手紙を開いた。
「もちろんだ!」
「痛っ、そんな大声出さないでよ」
「いや、それほど大きな声を出したつもりはないが」
「こっちは二日酔いなんだから勘弁してよ」
「なんだ、酒盛りでもしていたのか」
「たまたま珍しいお酒が手に入ってさ。これがすっごくうまいの。あとでお土産に持たせるからレハトが元気になったら二人で飲んでよ。ただし、のどごしがいいから俺みたいに飲み過ぎないようにね」
「そうか…………わかった」
 なんだそういうことか。紛らわしい。誰も悪くないというのになんだこの腹立たしさは。いや私が悪いのだ。何の証拠もなく勘ぐるなど馬鹿馬鹿しい。城の噂好きな連中にうんざりさせられていたというのに。
「レハトが欲しいっていう柑橘には見当がついた。とりあえず城に置いてある分を用意するから持ってって。手紙をくれれば追加で届けるから」
 持ち帰った土産にレハトは喜んだ。なんでも昔ヴァイルと一緒に食べた果物の名前を忘れてしまい、手紙に絵と細かい説明を添えたらしい。すっかり気分が良くなったレハトは酒を飲みたがったが、せっかく上向いた調子をくずさせるわけにはいかない。土産の酒は彼女の目に入らない書斎の戸棚の奥へとしまわれたのだった。
産みの繋がり・重い編
 人が産みの繋がりで寝込んでいるところへわざわざやって来て何を言うのかと思えば
「些末な悩みを抱えずにすんで良かったですわね」
だと!?
 仮にも従兄弟なら他に言うことが……いや、昔からそんな期待などできなかった。あれにされた数々の所業をを思えばむしろこの程度で済んだと神に感謝すべきか。

(2012/4/29)
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領地
 いつか逃げると聞いていたが、まさか結婚前に逃げられるとは思わなかった。
 タナッセが半月も留守にしている理由をヴァイルは知っているようだが、私には話してくれない。常日頃から仲が悪いように見えるが、こういうところで気を遣うあたりやはり従兄弟なのだなとうらやましく思った。私には親族といえるような人間が誰もいない。これからできる予定だったのだ。タナッセという伴侶を得て、家族が持てると。篭もりの間、毎日のように彼の居る新たな生活を夢に見ていた。
 城へ戻ってきたタナッセと久々の再会を果たしたのは、以前リリアノたちと食事を共にした貴賓室でだった。事情を追及すると、鳥文が事故を起こして届かなかっただけだとわかって安堵する。
 タナッセは私の視線からさりげなく隠すように地図を持っていた。ヴァイルではあるまいし、地図を眺める趣味などないだろう。彼に直接関わる地の地図に違いない。
 そこでふと、以前廊下でリリアノと彼が交わしていた会話を思い出した。領地がどうとか言っていた。
「もしかして、タナッセの領地に行ってたの?」
「……ああ、そうだ」
「ということは、私の新居なんだ。どこなの?」
 タナッセは一瞬驚いて、目を伏せた。
「……お前が恋しがることのないよう、この地を選んだ」
 彼が地図を机に広げるのももどかしい気持ちでタナッセの背中に抱きついた。
「じゃあ王城の近く? 嬉しい! ヴァイルや皆とちょくちょく会えるね」
「……ちょっと待て、以前村に帰りたいと言ってなかったか?」
 振り返ったタナッセの顔は少し強張っていた。不思議に思いながらも答える。
「うん。村は好きだけど、城の皆と仲良くなってここはもっと大好きになったから。愛しているといっても過言じゃ……」
 広げた地図に印がつけられていた。側には故郷の村近くにある街の名前が記されている。
「……領地を返上してくる」
 彼は広げるときよりすばやく地図を巻き終えると、走るように早足で扉へ向かった。慌てて地図を手にしていない方の腕に追いすがる。
「待って! タナッセ待って! 村も好きだから!」
「村より城が良いのだろう。言い繕わなくていい」
「嘘じゃないよ、本当だよ!」
「無理をするな」
「タナッセがいるなら、どこにいたって幸せだよ」
「……っ!」
 タナッセの歩みがようやく止まり、私を見返してくる。逃げられてしまわないよう彼の視界から遮るように扉を背にした。
「だから、どこだって嬉しいの。タナッセがいる場所が私の居場所だから」
「お前は……なぜ、私なぞにそこまで」
「タナッセだから」
 それしか言いようがない。理由や経緯なんてとらえどころのない霞のようなものだ。
「タナッセがタナッセだから、好きなんだと思う」
「何だそれは……わけのわからないことを……」
 タナッセの顔が笑いかけて苦しげに歪む。頬に触れようとしたらそのまま手を握られてしまった。
「お前は、また私を赦すのだな」
「鳥文が届かなかったのは事故だから仕方ないよ」
「……次は文屋に頼むとしよう」
「前に使ってた子がいいよ。しっかりしてるし、人を見る目がある」
「ああ、お前に渡さなかったくらいだからな」
「威厳が足りなかったせいだから、今度は大丈夫」
「お前宛の手紙を横取りする必要などなかろう。それに、次にここを発つときはお前も一緒なのだぞ」
「そっか……一緒かあ」
 笑い声をもらしてタナッセの胸元へと顔を寄せると、そっと抱きしめてくれたのだった。

(2012/6/4)
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甘えたがり
「ちょっと飲み過ぎちゃったみたい、風に当りたいの。付き合ってくれない?」
 ふらつく足元を目にしてタナッセはレハトを支えた。自然な仕種でレハトの腕がタナッセに添えられる。
「帰った方がいいのではないか?」
「ううん、もうちょっといたいな……タナッセの側に」
 ぎくりと身体をこわばらせ、タナッセがまじまじとレハトを見つめる。微笑んでレハトはそれに答え、露台へと向かうのだった。
***
「楽器って貴族のたしなみでしょう? でもさっぱり上達しなくって」
「一朝一夕にできるものではないだろう。急がなくていい」
「タナッセは弾けるの? 上手?」
「もちろん弾けるが。どうだろうな……あまり人に聞かせたことはない」
 タナッセに手を重ね、レハトは甘えた声をかけた。
「ねえ、私に教えてちょうだい。今度の主日にでも。ね?」
「お前にはすでに教師がついているだろう」
「だってタナッセなら教えるのが上手だからいい先生になってくれそうだし、タナッセが先生なら私も頑張れると思うの。お願いタナッセ」
「なっ……」
 タナッセの手がぴくりと反応するが、振りほどくことはなかった。
「……承知した」
「ありがとう、タナッセ!」
 婚約者の身体がタナッセの腕の中へ飛びこんできた。満面の笑みを浮かべて見上げてくる彼女を抱きとめ、それとなく目をそらした。
***
「……で、なぜこの体勢なんだ」
 長椅子に腰かけたタナッセの脚の間に、ちょこんと腰かけてタナッセの胸に触れる程度にもたれかかるレハトが楽器をつまびいて、これでいいかと間近で振り返ってみせる。タナッセの心臓がうるさくと脈打つ。
「同じ向きの方が分かりやすいもの」
「それはそうだろうが……」
 はっとしてタナッセが上体を婚約者から離した。
「隣に座れば同じ向きになる。そうすれば……」
 顔をそらし、とにかく離れたいのだいわんばかりの腰を浮かせかけるタナッセにレハトが上目遣いで懇願した。
「間違えたらタナッセに教えて欲しいの。ほら、手を重ねて……」
 重なった手を振りほどくこともできず固まる。微笑む教え子に観念して一刻ほど共に過ごしたのだった。

(2014/6/8)
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領主夫人の手習い(愛情B)
「なに? まだ読み書きができないだと」
 ついにタナッセにばれてしまった。
「何故今まで隠していた」
 馬鹿にされるからだ。それも丸刈りにされた兎鹿を見るような顔で。
「どんな顔だ」
 こんな顔だと、やってみせたら脱力された。眉頭を思いきり上げて眉間に力を入れ、片方の口角だけ上げるのだ。両方やるとぷるぷるするので数秒ももたない。
「……仕方ない、私が教えるとしよう。しかし……婚礼の誓約書を書いたときは随分と慣れているように見えたが」
 名前だけは書けるようにと必死に練習してきたし、前日は徹夜で復習したのだ。
「私が送った手紙は読んでいなかったのか?」
 ローニカに読んでもらっていた。
「では、今まで一度もお前から返事がなかったのは……」
 字が書けなかったからだ。代筆も考えたが、上手すぎると怪しまれそうだし、上手くなければ添削されそうなのでやめた。
 また怒られるのだろうかと様子を窺うと、どうやらタナッセは怒ってはいないようだ。
 ともかくタナッセに手取り足取り教えてもらえることになった。
 タナッセの書いてくれた手本を見ながら同じものを書く。時折訂正され、羽筆の持ち方を矯正され、なんとか文字を覚えたころには集中力がなくなってしまった。
 お茶を飲んで休息したのち、また机に向かう。文字は覚えたのだから今日のところは終わりにしてほしいのだけれど、妻が読み書き出来ないのがよほどショックだったのか、タナッセが手をゆるめる気配はない。
 次は書き取りだった。月や、太陽、空、羽筆、机、椅子、花などの身近な単語を覚えた。最初は面白かったのだが、またしても飽きてきた。
「休憩を入れてばかりでは先に進まないぞ。……よし、お前の好きな単語を言ってみろ。好きな物なら幾分かやる気が増すだろう?」
 タナッセ。最初に思いついたのは他の何でもなくタナッセだった。
「……まあ、夫の名前ぐらい書けなくてはな」
 タナッセ、タナッセ、タナッセ。これならば飽きない。自分の名前を覚えたときよりずっと身が入った。タナッセは先程あれこれ注意してきたのだが、なんだか静かになった。これでいいのかとタナッセの名前で一杯になった紙を見せた。
「よし次の単語にいくぞ」
 もっと良く見て欲しい。とくにこの最後の行の二番目の「タナッセ」は自分でもかなりの出来だ。
「ああ、上手く書けている。次の単語だ、何か思いつく単語はあるか。ないなら……」
 愛している。
「なっ……! な、なにを突然言い出すのだ。今は勉強中だろうが。集中しろ」
 タナッセは私たち以外だれもいない室内をせわしなく見まわした。
 好きな単語を言えといったのはタナッセではないかと文句を言うと、手早く書いた手本を寄こす。
 手本なのだからもっと丁寧に心を込めて書いて欲しいと文句をいう。なぜかため息をつかれた。
「これでどうだ」
 ついでに記憶が薄らいできたので私の名前の手本も書いて欲しいと頼む。さらに、ここへと位置も指定する。さらさらと羽筆が滑るように動いて素晴らしい手本ができあがる。
 と同時にぐしゃりと紙が握りつぶされた。こちらの意図が分かったらしい。
「お前は、真面目に、学ぶ気はないのか」
 もちろんある。楽しく学びたいのだ。
 心を込めて答えたのだけれど、本気だと受け取ってもらえなかったようで手習いの時間を切り上げられてしまった。
 その日何度も練習して一番良く書けた、タナッセに宛てたごく短い手紙を枕元に置いた。寝たふりをして彼の帰りを待つ。
 手紙にはたった二つの言葉が記されている。「タナッセ愛している」と。

(2014/7/29)
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王城のサンタクロース
 広間でレハトと一緒にお菓子を食べ、腹ごなしに中庭をうろつく。それはいつものことだったけれど、レハトの様子がおかしい。突然にやにやしたと思えば、空をぼーっと眺めたり、今にも踊りだしそうな足どりになってヴァイルを追い抜かしていったりする。何をやってるんだろうか。すぐまた両手をばたばたさせて、戻ってきた。
「あー、夜が待ち遠しいよ。サンタクロース! ちゃんと村じゃなくて城に来てくれるよね?」
「え……レハト?」
「去年は木彫りの人形だったけど、今年は何だろう」
 どうやらレハトはサンタクロースを信じてるらしい。
 そこにひょっこりタナッセが現れた。小馬鹿にした顔でふんと鼻で笑う。話を立ち聞きしていたらしい。
「なんだお前、十四にもなってまだ……ぶっ!」
 肝心の部分がレハトに伝わる前にタナッセの口をそこらへんにあった手の平より大きな葉っぱでふさいだ。
「大丈夫だよ、レハト。サンタはどっかのだれかさんと違って抜けたところなんてないから間違わずに城に来るよ」
「だよね! あー楽しみ」
 神殿の方角から鐘の音が聞えてくる。
「あ、そろそろ次の授業が始まるや。じゃまたね、ふたりとも」
 レハトは軽やかな足取りで去っていった。口を覆っていた葉っぱをにぎりつぶしたタナッセがぺしっと地面に投げ捨てた。
「なんだ、あいつは。来年は成人するというのにまだサンタクロースがいると思っているのか」
「サンタはいるんだよ。そんなことも知らないのタナッセ」
「お前」
「とっくに成人してる人は、子どもが信じてる夢ぶちこわすなんて大人げない真似しないよね?」
「……いずれ知れることだろうが」
「いいじゃん別に。それまで信じたってさ」
 去年のサンタからの贈り物が木彫りの人形だったというのは、もしかしたらレハトの母親の手作りだったのかもしれない。前に商人すら滅多に立ち寄らない田舎の村だと聞いたから。そうやって母子ふたりきりで暮らしていたのだ。そう思いを巡らせると、なんとかしてあげたい気分になる。朝起きて枕元に贈り物がなかったらがっかりするに違いない。
 何を贈ればレハトは喜ぶだろうか。

 城中が寝静まった頃、こっそり寝室から抜け出した。部屋の扉を開けたらタナッセと大きな袋を持った大柄の衛士がいて思わずでかかった声を手のひらでおさえた。早足で部屋の前から移動して声を抑えて尋ねる。
「何でここにいるわけ」
 わざとらしい咳払いをしてタナッセがふんぞりかえった。
「お前がサンタクロースよろしく奴の部屋に忍び込むのではないかと睨んでいたら、案の定こそこそと出てきたな」
「タナッセこそ、夜中にうろついてるじゃん。衛士まで連れて」
「モル」
 タナッセの衛士は袋から出したものを次々と着ていき、仕上げに帽子とかつらと髭を装着した。タナッセが服装の点検をし、白髭の位置を整えている。
「まさか、そいつをレハトのとこに行かせようっていうの」
「向こうの侍従頭に話は通してある。……何を突っ立っている、さっさと行くぞ」
 きびすを返してすたすたと歩いて行くタナッセの背を追って、妙なことになってきたなと思った。

 レハトの部屋は明かりを抑えられて薄暗かった。出入り口のすぐ側に薄布を半分掛けて暗くした角灯を置いて、侍従頭と侍従が待っていた。どうやらレハトはぐっすり寝入っているらしい。
 侍従頭たちは衛士が差し出した大袋へ贈り物を入れ、続いてヴァイルも同じように持ってきた包みを入れた。
 レハトの侍従頭が寝室へ案内し、白髭をつけたサンタクロース姿の衛士が中へ消える。しばらくたった後に袋をぺしゃんこにして戻ってきた。置いてくるにしてはやけに時間がかかったようだが、部屋からレハトが出てくることはなく起こした訳でもなさそうだ。
「よし、帰るぞ」
 ヴァイルが計画してたことを全部大柄の衛士がやり遂げてしまいどこか釈然としないまま、タナッセにせかされて部屋を出た。
 暗い廊下の帰り道、衛士はサンタクロースの変装を解いていた。
「どういう風の吹き回しさ。ばらしてやれって顔してたのに」
「……お前が、サンタクロースの贈り物を貰わなくなったのはいつ頃だ」
「え、そんなの覚えてないよ。随分前だし」
「だろうな。……もう遅い。お前も早く寝ることだ」
 タナッセはさっさと部屋に帰って行ってしまった。

*****

 翌朝レハトの歓声で目が覚めて飛び起きた。朝の身支度もそこそこに、レハトの部屋へ向かった。後ろで侍従頭がわめいてたけど気にしない。
「おはよーレハト。どうしたのさそんな大声出して」
 寝室の扉を開くと、寝台に贈り物を両手に抱えたレハトが満面の笑みを浮かべていた。
「すごいよすごいよ! 今年こんなに贈り物」
「レハト、この城に来てからずっと頑張ってたもんな」
 レハトは本当に頑張ってきた。突然故郷から王城に連れてこられて、それでも文句もいわず熱心に学んでいる。剣の訓練も力を入れていて、この間の御前試合はかなりいいところまでいった。辺境の村から来たということで貴族連中に嫌味を言われたりしているようだけど、へこたれてない。
「そうかな? へへ、うれしいな。そうだ、ヴァイルは何もらったの?」
 実は今朝起きたとき見覚えのない箱が枕元にあった。サンタクロースからの贈り物は久しぶりだった。けれど、レハトが気になって中を確かめる前に飛んできたのだ。
「まだ開けてない。それより、早く開けてみてよ」
「うん!」
 最初の贈り物は靴下だった。早速レハトが履いてみる。
「すっごく履き心地いい。ぴったり!」
 レハトがぴょんぴょん跳ねてるところに、侍従が現れる。
「お水をお持ちいたしました」
 入ってきた侍従は真っ先にレハトの足元に目をとめて微笑んだ。
「見て見てサニャ、サンタの贈り物の靴下! どうかな、似合う?」
「はい、とてもよくお似合いでいらっしゃいますです」
 そっか、靴下は侍従の贈り物だったのか。
 次にレハトが手に取った包みを開けると中から出てきたのは、レハトが好きそうな色と柄のカップ二客だった。
「綺麗だなあ。早くこれでなにか飲んでみたいな。ね、ヴァイル朝ご飯食べた? これで一緒に温めた乳飲もうよ花蜜入れて甘くしたの。美味しいよきっと」
「そだね。今日はレハトのところで食べようかな。そこのあんた、ちょっと俺の部屋行って知らせてきてくれる?」
 侍従があわただしく礼をして出て行くと間を置かずに今度は侍従頭が入ってくる。
「丁度ヴァイル様の侍従頭が参っておりました。上着をお忘れだそうです」
 だからあんなに侍従頭が騒いでたのか。いや、いつものことかと思い直して青い上着を受け取り身にまとう。
 レハトが箱に入れたままのカップを侍従頭に見せていた。
「このカップきれいでしょ。色もね、模様のこのうねうねしたところもいいんだよ」
「それはようございましたね」
「ねえローニカ、すぐにこれ使いたいな」
「かしこまりました。お飲み物は花蜜入りの温めた乳、でよろしいですか?」
「うん! お願い、ローニカ」
 おそらくカップの送り主は侍従頭だろう。いつも側で仕えているのだからレハトの好みを知って当然だ。
 残る贈り物は三つだ。開けた贈り物は二つ。昨晩衛士の大袋に入れたのは順にレハトの侍従頭、侍従、ヴァイルの三人だった。侍従たちが入れる前から袋がやけにふくらんでいると思っていたら、どうやらタナッセが先に二人分の贈り物を入れておいたらしい。
「次はこの大きい箱にしよう」
 入っていたのは見事なマントだった。手触りのよい極上の布を使っているだけでなく、細かな刺繍が目立たぬようにひっそりとちりばめられており、光の加減によって図柄が見事に浮かび上がる。そこいらの人間に用意できる品ではない。思い当たる人間はリリアノくらいだ。
「かっこいい! 見て見てヴァイル!」
 ばさばさとマントを身につけ、ひるがえしてみたり、走り回ってマントがひらめく様子を楽しんだりと忙しい。
「おー、似合う似合う!」
 送り主の彼女がここにいれば微笑んだことだろう。そういえば今年に限ってサンタクロースの贈り物がまたヴァイルへ届けられたのは、レハトへの贈り物の影響かもしれない。
「わっ」
 突然視界が真っ暗になり、見まわすと思いのほかレハトが近くにいて頭をぶつけた。
「へへへー」
「何だよもー」
 二人してマントにくるまったまま、まだ開けていない贈り物にレハトが手を伸ばした。出てきたのは本だった。
「詩集みたい」
 それも古典中の古典だ。常日頃から古典を読めなどといってる誰かが用意しそうな贈り物だ。レハトが頁をめくると、感嘆の声をあげた。内容だけでなく、色鮮やかで精緻な装飾文字で綴られた詩はきっとレハトの目を飽きさせないだろう。
「すごい! こんな本、タナッセだってそうは持ってないよね。あとで見せびらかしにいこうっと」
「そのときは俺にも声かけてよ。タナッセがどんな顔するか見てみたい」
 もちろんだとレハトはすんなり約束した。自分の贈り物を目の前で絶賛され、自慢される気分は一体どんなものだろう。今から楽しみだ。
 興奮したレハトは少し落ち着いてきて、詩集を膝の上に置いて大切そうに撫でている。頬はまだ赤く上気している。こっそり秘密を打ち明けるようにレハトが小さな声で言った。
「実はね……サンタクロースに会えたよ。もしかしたら夢かもしれないけど」
 レハトは嬉しそうにはにかみ、ぽりぽりと頬をかいた。
「やっぱり白髭でね、ものすごく身体の大きな人だった」
 それはタナッセ付きの衛士だ。レハトの寝室に入ったとき戻りが遅かったのはレハトが起きたからだったのか。
「頭撫でられたんだ。普通の大人よりも大きな手だったような気がする」
「へえー」
「気持ちよくてそのまま目をつむったらね、いつのまにか朝だった」
「はは。寝ちゃったんだ」
「惜しいことしたなあ。サンタに会えるなんて一生に一度もないのに。来年はちゃんと起きてお礼を言うんだ」
 来年。ヴァイルの胸がざわつく。年明けにはレハトは自由になれる。そうなってレハトはどこへ行くのだろう。城か、それともどこか別の遠くの場所か。今こうしてレハトが城に留まっているのが異例の事態なのだ。王候補や王の子ども以外の未成年が城で暮らしたことなどなかったのだから。
「あーっ!」
 レハトが大声を上げて急に立ち上がった。マントが音を立てて落ちる。
「どうしようヴァイル」
「なに」
「来年は成人するからもうサンタクロースに来てもらえない!」
「あ、そうか。子どもだけだもんな」
「だからこんなに大盤振る舞いだったのかな」
 レハトはまだリボンがついたままの贈り物を胸に抱きしめた。
「開けないの、それ」
「最後とわかったら開けるのもったいなくなってきた。来年までとっておこうかな」
 レハトが包みに頬をくっつけて、ぐるぐると円を描くように大切そうに撫でる。贈った物を大事に扱われるのはちょっとくすぐったい気持ちだ。
「だめだめ、生ものだったらどうするのさ」
 レハトはすぐさま包みをくんくんと嗅ぐ。
「それっぽい匂いはしないよ」
「くるまれてるのに匂いがしはじめたら手遅れだって」
「そっか」
 納得したらしく、レハトは丁寧に包みを開いていく。折りたたまれた布が出てきた。
「なんだろう……絨毯?」
「いや、壁掛けだと思う」
「あ、そっか、空だ。夜空だよねこれ。星がいっぱい!」
 レハトは布を両手を精一杯広げて持ち上げて眺めた。
 この壁掛けの目玉は、なんといっても星になぞらえ大小ちりばめて縫い込まれた光石だ。昼間の明るい場所では何の変哲もない白い石だが、夜になると発光する不思議な性質を持つ。
「どこに飾ろうかな」
 レハトがぐるりと部屋を見渡す。大きさが大きさだから、場所といえば窓の横くらいだろう。
「そうだ! 寝台の天井がいいな。うん、そうしよう! 寝る前に見たらいい夢みそう」
 石が光ることは黙っていよう。その方がきっとレハトはびっくりするに違いない。ほくそ笑んでヴァイルはレハトと同じくらい夜が待ち遠しくなった。

*****
*****

 タナッセの元へヴァイルとレハトがそろって押しかけてきたのは昼過ぎのことだった。彼が贈った詩集を宝物のように抱えて、誇らしげに自慢してきた。おざなりにでも褒めてやれば気が済むのだろうが、にやにやと意地の悪い笑みを見せるヴァイルがいてはやりにくい。
 いっそのこと、とレハトの持ってきた詩集を教材にわざと口うるさくしつこく詩の講義をしてやると二人は早々に引き揚げていった。

 昔、タナッセにもサンタクロースからの贈り物を心待ちにしていた頃があった。
 ある年、ヴァイルと一緒に昼寝をしたおかげで夜中に目を覚ましてしまった。薄暗い部屋の中に光が差し、側に誰かが立っているのがわかった。しかも枕元に贈り物を置いているところだ。逆光に照らされた人影は……侍従頭だった。思わず光から遠ざかるように寝返りを打って枕に顔を埋めた。侍従頭は、ずれた掛け布を整え足音をひそめて出て行った。
 せめてあれが母だったら、と思ったことがある。だが王である彼女に、夜更けに息子の部屋に顔を出す暇などない。仮に、誰かがそうすればよかったとあの人に言おうものなら、まず自分がそんな必要はないと声高に言い立てるだろう。余計なことで煩わせたくない。彼女はこの国の王。王としての責務を果たすことが何より優先されるのだ。
 それにしても、レハトの元へサンタクロースを送りこむ件が、どこからリリアノの耳に入ったのか……おそらくモルに着用させる衣裳などを手配したのを知ってのことだろうが、レハトへの贈り物を頼まれてしまった。侍従が持ってきた包みを見ると、自分が子どもの時代に戻った気がした。もちろん包みはレハトへ贈るためのものだ。だが同じように、昔母が息子である自分への贈り物を用意させたのだと思いを馳せると、それだけで十分だったのではないかと今は思う。
 自分が贈られるのではなく、贈る側になったこの状況が何故だかおかしく感じられた。得体の知れない二人目の寵愛者が城へ来ると知って憤激し、嫌悪したものだ。ふとした気まぐれにせよ、このように余計な真似を自分がすることになろうとは予想だにしなかった。
 何の疑問も差し挟まず無邪気に信じるレハトが羨ましく、憎らしかった。自分の望むことを素直に口にし、村とは別世界であろう城でも鬱屈せず、自由気ままに行動する。おそらく何処にいても暢気に過ごすに違いない。
 念のためモルに昨晩のことを尋ねたが、問題はなかったという。一夜明けたレハトの様子を見ても異様に興奮しているくらいで、特に変わった様子はない。
 まもなくレハトは成人する。サンタクロースだ何だと言うこともなくなる。
 最後の年までサンタクロースを信じる脳天気な奴が城に一人くらいいたとしても別に構わないだろうと、タナッセはひとりごちた。

(2012/6/14)
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王城のハロウィン
 レハトが午前の訓練を受けるために階段を降りた時、途中でタナッセに会った。朝早くからそんなに急いでどこへ行くのかと呼びとめて、後で本を借りに行きたいことを伝える。
「今日は夜まで部屋に戻らん。用があるなら明日にしろ」
 階下へちらちらと視線を向けて、いますぐにでも立ち去りたいといった様子だ。それは気にせず、城外に出かけるのかと尋ねる。
「いや、そこまで遠くではない。ではな」
 モルを引き連れて足早に去っていってしまった。
***
 午後の授業は珍しく一科目だけだった。広間にでもお菓子を食べにいこうか。そう考えながら開いたままだった本を閉じていると突然後ろから声がした。
「トリック・オア・トリート!」
 背中にずしりと重みを感じ、振り向いたレハトの目に入ったのは予想とまるで違うオレンジ色のカボチャ頭だった。ずいぶんと奇妙な格好をしているが、この声は間違いなくヴァイルだ。突然後ろから飛びついてくるような人間も他にいない。
「ヴァイル」
「はははー、その通り。今日はハロウィンだろ。今日は午後の授業も早く終わったし、一緒に城回ろうぜ」
「ハロウィンって何」
「魔法使いや魔物に仮装した子どもが大人にお菓子をねだって、くれなかったらいたずらしてもいい日」
「さっきのトリッ……なんとかっていうのは?」
「トリック・オア・トリート。決まり文句だよ。昔の言葉で『お菓子くれないといたずらするぞ』っていう意味なんだって。ほら、レハトも仮装してさ、行こう」
 仮装となると、衣裳部屋か。衣裳係たちの顔を思い浮かべて少しげんなりする。見透かしたようにヴァイルがにやりと笑った。
「衣裳部屋には色々揃ってるけど、ここぞってばかりにおもちゃにしてくるから自分の部屋でやった方がいいよ」
 塔の出入り口で待ち合わせの約束をすると、ヴァイルは出て行った。
***
 すでに用意してあった数種類の中からひとつを選び、ローニカとサニャに魔物の衣裳を着せてもらう。
 早速ハロウィンの文句を口にすると、二人は笑顔でお菓子をレハトに渡した。サニャのお菓子はヴァイルがかぶっていたような目と口のついたカボチャを形作ったものだった。ローニカのお菓子は以前城下町で土産にもらってお気に入りになった焼き菓子だった。
 最後に、深くて大きな籠をサニャに渡される。
「籠もお持ちくださいね。お城中の人からもらいに行くんですから」
 たった今もらったばかりのお菓子を入れようとしたら、籠にはなぜか卵がいくつか入っていた。
「レハト様、ハロウィンでお菓子をもらえなかった場合何をするかご存知ですか?」
 ローニカにそう聞かれて、思い起こすけれどヴァイルはただいたずらをするとしか言っていなかった。
「大抵は、家の玄関……城ですと部屋の扉に、この卵をぶつけるんです。もちろんしなくても問題はありませんし、レハト様が思いつかれた別のいたずらをなさっても結構です。ただし、後々まで尾を引くような過ぎたいたずらはお控えくださいますよう」
 ふと別のいたずらを思いついて机の上にあった物を籠の中に入れた。
***
 ヴァイルと合流し、まずはリリアノのところへ行くことになった。玉座の間に繋がる小部屋で彼女は休憩していた。ヴァイルと一緒にハロウィンの文句を唱えながら入室する。
「おお、来たな。二人ともよく似合っているよ。子ども時代最後のハロウィンだ。存分に楽しむといい」
 お菓子の入った袋は深い赤のリボンで包装されていた。中からはいい匂いがする。
 リリアノに会うと、少し母を思い出す。
 タナッセもこうしてハロウィンを過ごしたのだろうかと想像した。魔法使いや魔物の仮装をして、お菓子の入った籠を持って。
「なに笑ってるのレハト」
 思っていたことを伝えると、リリアノはもちろんだと言い、ヴァイルは微妙な顔をした。
***
 広間であちこちの人からお菓子をもらっているうちに、ヴァイルとはぐれてしまった。
「レーハト」
 辺りを見まわすと、トッズがにゅっと姿を現す。
「こりゃ可愛らしい魔物もいたもんだな」
 頭をぽんぽんとなでられた。すかさずハロウィンの文句を唱える。
「はいはい。ちゃーんと用意してますよ」
 懐から取出したのは棒つきの飴だった。ヴァイルがかぶっていたような顔のついたカボチャにヒゲをつけ足したような形をしている。
 受け取ろうと手を伸ばしたら、トッズの手が不意に上へ移動した。
「……って思ったんだけど。レハト、みんなからもらってばっかりでいたずらできなくてつまんないでしょ? だからこれはしまっちゃう」
 彼なりの好意らしい。せっかくなのでのってみよう。確かに皆はお菓子をくれるだけなので、大手を振っていたずらをできる日にもかかわらずその機会がなかった。
 いまからいたずらするので目をつぶるように頼むと、はいはいとしゃがみこみあっさり言う通りにしてくれた。籠から取出したペンをインク壷につける。なにを描こうか迷った末、先程トッズが持っていた飴を真似することにした。ヒゲを描こう。
 唇の少し上にペン先がついたとき眉がぴくりと動き、逃げられそうなので慌ててペンを滑らせたところ、すばやく身を引いたトッズの動きで、片側だけのひょろながい不思議なヒゲになってしまった。前に広間で食べた珍しい魚がこんなヒゲをしていた気がする。
「やっぱいたずらはなし。はい、お菓子ね」
 魔物の衣裳に飴を差し込んでくると、またな、とひらひらと手をふってトッズは去ってしまった。
***
 もしかしたらと屋上に来たはみたものの、ヴァイルはいなかった。だが、ティントアかルージョンらしい後ろ姿を見つけた。声をかけてルージョンだとわかった。
「なんだいその妙な格好は」
 ハロウィンだと説明する。
「ああ、あの馬鹿馬鹿しいお祭りかい。まったく魔術師がのこのこ姿を現すわけがないっていうのに未だにくだらないおとぎ話にかこつけて騒ぎたいだけだろうね」
 顔をしかめたルージョンに、じろじろと見られた。妙なと言われた仮装よりも、その視線はもらったお菓子がたくさんつまった籠にそれとなく集中していた。
 歩き回って少し疲れたことでもあるし、一休みすることにしてルージョンも誘う。最初は渋っていたものの、たくさんあるから一人では食べきれないと言うと、しかたなしにといった風で隣に座って一緒にお菓子を食べた。文句を言いながらも、お菓子はどんどんルージョンのお腹の中に消えていったのだった。
***
 結局広間でヴァイルと再会した。それからしばらくあちこち回って中庭で一休みしてお菓子を食べる。
 朝にタナッセが急いで出かけていったことを話した。
「あー、この時期タナッセはつかまらないよ」
 なぜかと尋ねると、ヴァイルは内緒だからなと口止めをした上で話してくれた。
「うんと小さい頃のハロウィンの話。それまでタナッセとユリリエが一緒に回ってたんだけど、俺もようやく参加させてもらえるようになったんだ。その年はユリリエは午後から城に来るっていうから俺とタナッセの二人で行くことになった。あちこち顔だした末に、外から来た人間が泊まる棟まで行ってさ。そこにいた奴が、扉を開けるなり魔物の格好でおどかしてくるくらいノリよくてさ、しかもお菓子はくれなかったんだ。じゃあいたずらするぞって俺が扉に卵投げようとしたら、タナッセにその卵取られたの。俺はまだ小さかったし、たぶん見本を見せるつもりだったんだと思う。でも俺は投げる気満々で、どっちが投げるかで揉めてるうちに部屋の主がひっこんでさ、その瞬間タナッセが卵を投げたら……」
 話の雲行きがみるみる怪しくなった。
「丁度卵が飛んでくのと同時に扉が大きく開いて、そこにユリリエがいてさ。幸い顔に直撃は避けられたよ。……でもさ、あのときのタナッセの顔、魔物に出くわしたみたいだった」
 それはタナッセでなくても相当気まずい思いをしたに違いない。
「まあこの件でユリリエが怒ったとか、仕返しされたってわけでもなし、タナッセがひとりで気を揉んでるだけなんだけどね」
 報復がない方がおそろしい。生殺しではないか。
 そういうわけでハロウィンの日はユリリエを避けて隠れているらしい。
 隠れていると知ると、なにやら探したい気分になってきて、最後にこの城のどこかにいるタナッセからお菓子を貰ってハロウィンを終了させるということになった。
***
 タナッセは優雅に足を組んでくつろいでいた。手元には開いた本があり、それに集中している。側に立つ大柄な衛士はこちらに気づいたようだが、どうやらタナッセに危害を加える人間とみなされなかったらしく一瞥しただけだった。
 密かに二人で忍び寄りハロウィンの文句を唱えると、魔物姿の効力もあってのことか、期待以上にタナッセが驚いてくれた。
「なっ、なんだお前たちは! どこぞで菓子をねだりに回っている最中ではないのか」
「だから、トリック・オア・トリートって言ってるじゃん。タナッセに」
 そうだそうだとはやしたて、ヴァイルと二人でお菓子をくれと騒いだ。
 朝あれだけ急いでいたのだから、ハロウィン用のお菓子を用意する間もなかったのではないか。お菓子がないのなら、ヴァイルと一緒にいたずらを決行する予定だ。
 ところが、タナッセは得意気な表情を浮かべてお菓子を傍らから出してきた。深い赤のリボンがついたどこかで見たお菓子。匂いをかいで思い出した。リリアノから貰ったお菓子と同じだ。
「なんだ、気に入ったのか? だが手持ちはもうないぞ。店は城下にある。まだ欲しいならお前の侍従にでも頼め」
***
 戻ってローニカにリリアノがくれたお菓子の袋を見せて、店について尋ねた。中からひとつつまんで出して見る。
「お気に召しましたか? 路地の片隅にたたずむこぢんまりとしたお店ですが老舗のひとつです。こちらのお菓子を見てもわかるように、目で楽しむというよりは、味わいを楽しむのを優先させた品揃えですね」
 お菓子を口の中に放りこむと、ほろりとくずれた。

(2012/11/16)
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緑子の衣装選び:タナッセ友情ED後。ヴァイル好愛高。
 篭りが明け、身体が大きく変化した。これからは女性型の衣裳を身につけることになる。
 衣裳部屋にあふれかえる見本の衣裳を、とっかえひっかえ試してみた。城へ来てだいぶ見慣れたはずのドレスだが、いざ着るとなるとどれも目新しく、興味を惹かれる。衣裳係は最初のうちは喜んであれこれ持って勧めてきたものの、時間がたつにつれてくたびれてきたのか、頼んだものを持ってくるだけになった。いい加減そろそろ決めてはどうかという雰囲気が漂う。
 そんなところへ、タナッセが現れた。広げられたおびただしい数のドレスを見て、呆れた顔をする。
「お前という人間は一人なのだぞ、まさか篭り明けとはいえこれだけ作るつもりか」
 まだ、最初の一着目すらまだ決められていないと答え、衣裳係の持って来たドレスを身体にあてて鏡石に向かう。ついてきたタナッセの姿が鏡石にぼんやりと映った。
 これではない、と次の服と取り替える。どれもいまひとつピンとこない。
「まさか、朝からこの調子なのか?」
 そうだと頷いてみせると、うんざりした顔でタナッセが呟いた。
「これだから緑子は……」
「この人成人したとき、さんざん周りから『緑子、緑子』って言われたもんだから誰かに言いたくてしょうがないんだよ」
 タナッセの後ろからヴァイルが顔を出した。以前好んで着ていた服とよく似た色合いの新しい衣裳を身にまとっている。背が伸び、髪も伸び、だいぶ子どもっぽさが抜けた。もっとも口を開けば以前と変わらないのだが。
「レハトなら何着てもきっと似合うよ」
 そう微笑んで言うヴァイルの横でタナッセが苦虫をかみつぶしたような顔をしているのは見なかったことにした。
 ヴァイルは次の王に選ばれたとあって休む間もないほど忙しいらしく、儀礼の準備で打ち合わせがあるといって出て行ってしまった。
 ともあれ未だに衣裳決めきれずにいる。どれもしっくりこない。
「気に入ったデザインがなければ一から作ればよかろう」
 だが、今まで身だしなみには大して気を配ってこなかったので一からとはいささか心許ない。城生活が長く、衣裳に詳しそうなタナッセに見立てを頼むことにした。最初はしぶっていたものの、褒め言葉を交えて説得すると乗り気になってあれこれ衣裳係と相談してくれたのだった。
*****
 新しい衣裳は良い出来で、自分で見てもなかなかいいように思えた。
⇒ヴァイルに見せに行く
「わ……よく似合うよ、レハト」
 タナッセが見立ててくれたのだと話すと、ヴァイルの笑みが強張ったように見えた。
「まあ、タナッセはうるさいだけあってそういうの得意だもんね」
 今度ユリリエにも頼んでみよう。彼女の見立てはどんなものだか興味がある。
「それならさ、俺もレハトの服見立ててもいい? あっ、ほら、俺も今度の継承の儀とかで仕立てて衣裳部屋にちょくちょく用事あるし。色んな人の意見聞いたらレハトが自分で服を選ぶ時参考になるかなって」
 それはもちろん是非頼みたいと頷いた。だが、忙しいのなら無理しないでほしい。
「全然。大丈夫、大丈夫。じゃあ……えっと、またね」
 そういってヴァイルは次の予定のため部屋を出て行ってしまったのだった。
 成人後からヴァイルの接し方が若干変わったような気がする。だが、分化したばかりなのだから相手の姿にお互い戸惑っているだけなのかもしれない。こちらも背の高いヴァイルにまだ慣れずにいるのだから。

⇒タナッセに見せに行く
 衣裳を着た感想ではなく、見立ての説明をされた。
「お前はまだ成人したてなのだし、清楚なデザインがよかろうと思ってな。袖は今の流行を取り入れているが、動きにくさで粗相などせぬように若干短くした。色はお前の髪の色との調和を考えた。せっかく髪を長く伸ばしたのだから、ドレスは……なんだ、そのにやけた顔は」
 そこまで熱心に見立ててもらえて嬉しいと答えると、タナッセは顔色を変えて反論した。
「何を頓狂なことを言い出す。衣裳選びに日暮れまでかかりそうなお前を見かねて、親切心を出して手伝ってやっただけだ。一度見立てをすると引き受けたからには、みっともない衣裳で城を闊歩されては私の評判にも関わる。それに妙な格好をしている者の隣を歩きたくはないからな」
 この格好なら連れだって歩いてくれるということらしい。自分が喋った言葉の意味を反芻したらしいタナッセが、用が済んだなと確認するものの、こちらの返事も待たずに部屋を出て行ってしまった。
 ここはタナッセの部屋なのだけれど。と思っていたらすぐにタナッセが戻ってきて部屋から追い出されたのだった。

(2013/2/17)
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懲りない子どもの話
 どこから脱走してきたのやら、中庭に兎鹿が一頭いた。
「兎鹿だ……」
「兎鹿だな……」
 ヴァイルとレハトは固まった。そんな二人を気にする様子もなく、側の草をむしゃむしゃと食べている。
「そうだ! ヴァイル、ちょっと兎鹿が逃げないか見てて!」
 レハトが城へ戻っていく。
 手に紙と紐と布を持って戻ってきた。
「何それ」
「手紙! 文鳥ができるんだから兎鹿にだってできるはずだよ」
「……文兎鹿?」
「そうそう。こうして食べられないように遠ざけとけば……」
 兎鹿の長い首に紐をくくりつけ、後ろに手紙を挟み込んだ。おもむろに布を取り出し兎鹿の鼻に押し当てる。
「この匂いのする人に届けるんだよ」
 最後にぽんと首筋を叩いて送り出し、満足気な顔を浮かべた。
 二人で遠ざかっていく兎鹿を眺める。
「ちゃんと届くかなー」
「タナッセのおしゃれ布かがせたから大丈夫!」
 
 二人がのんびり広間でお茶をしている頃、兎鹿はとっとこ中庭を進んでいた。
「モ゛エ゛ー」
 左側から兎鹿が一頭ひょっこり顔を出した。
「モ゛エ゛ー」
 もう一頭の兎鹿が右側から現われた。
 両脇を兎鹿たちに挟まれた文兎鹿。首元で手紙が風にあおられてかさかさと音をたてる。
 兎鹿たちはおいしそうに紙を食べた。
「モ゛エ゛ー」
 文兎鹿が悔しそうに鳴く。それは、文兎鹿を果たせなかった悔いなのか、自分も食べることができなかった悔いなのか定かではない。
 
 タナッセが部屋へ戻るため中庭に面した廊下を歩いていると、兎鹿が突進してきた。
「うわっ」
 すんでのところでモルがタナッセを持ち上げ、兎鹿から守った。
「何だこの兎鹿は」
 異様にタナッセにまとわりつこうとする兎鹿の首をモルががっちりと腕の中に挟み込んで捕らえた。
「いたいた! ほら、ヴァイル! こっちこっち」
「おー、ちゃんと着いたんだ」
 レハトとヴァイルがそろって駆けつけた。
「手紙届いた?」
「手紙だと? 何のことを言っている」
「あれっ」
「あー、誰かに食べられたっぽい。ほら」
 ヴァイルが指さした兎鹿の首にくくりつけられた紐はべったりついたよだれで濡れていた。
「タナッセまさか手紙を食べたんじゃ……」
 疑いの眼差しを向けるレハトに、間髪をいれずタナッセが反発した。
「食べるかそんなもの! 獣に決まっているだろう。だいたい兎鹿はお前たちのおもちゃではないのだぞ。こいつらを野放しにしていたら庭まで食い散らかすのだから見つけ次第兎鹿小屋に連絡して回収させろ。まったく兎鹿係も何をやっているのだ」
 近くにいた使用人から連絡がいき、兎鹿は大人しく兎鹿係に連れられていった。
「……で、お前の用事は何だ」
「えっ?」
「え、じゃないだろう。とぼけるな」
「そういえば、レハトは手紙に何て書いたの?」
 黙りこくったレハトはタナッセから目をそらした。
「あ、そうだ用事思い出した。もう行くね」
「ちょっと待て」
 タナッセに襟首をとらえられてしばらくじたばたと暴れていたが、やがて観念して動きを止めた。
「タナッセに借りた本に果汁とお菓子こぼしてすごく汚しちゃって慌てて拭き取ろうとしたらちょこっと破けちゃったごめんなさい」
「何だと! まさか食べながら読んでいたのか? お前は本を何だと思っている。……もしや最近姿を見せないと思ったらそういうことか」
「あー……それで、レハトはその本どうしたの?」
「証拠隠滅のため木の下に埋めました」
 ぎゅっと目をつぶった。タナッセの雷はいつになっても落ちないので、おそるおそる見るとぷるぷるとふるえていた。怒りのあまりに。
「よし、今のうちだ!」
「何が今のうちだ! モル」
 駆け出そうとしたところをモルに吊られて、本を埋めた木を探すことになった。
「あの木だと思う」
 せっせと掘り出す。はずれだった。
「やっぱりあの黄色い葉っぱの木だった気がする」
 うんしょと掘り出す。
「なんだか宝探しみたいで楽しいね、ヴァイル」
「あんたってけっこう図太いよな」
「へへっ」
 笑い声にタナッセが眉を吊り上げる。
「図太いは褒め言葉じゃないぞレハト、真面目に探せ」
「はい」
 いくら掘っても本は出てこない。はずれだった。
 こんなことを7回繰り返した後、ヴァイルは授業があるからと戻ってしまった。さらに5回繰り返した後、タナッセも用事があるからとモルと共に帰っていき、ひたすら一人で掘り続ける。
「おっかしいなあ……たしか木の下に埋めたはずだったのに」
 夜になり辺りが暗くなったため仕方なく部屋に帰る。

 机の上に本が置いてあった。タナッセから借りて汚した本だ。手にとってぱらぱらめくってみると、破れた部分も汚れた部分も見当たらない。
「うーん、あれは夢だったのかな」
 首をひねっているレハトにローニカが声をかけた。 「レハト様、掃除中に寝台の下から本を見つけたので補修に出しておりました」
「え、寝台? あれ?」
 よく記憶を探ってみたら木の下に埋めたのは夢だった。誰にも見つからないようにと、実際は寝台の下の奥に隠したのだった。
 汚してしまった本をどうすればいいか、怒られるだろうなあと気に病みつつ寝台に入ったからそんな夢を見たのかもしれない。
「ああよかった。ありがとうローニカ。早くタナッセに返そうっと」
「夕食はいつになさいますか」
「中庭の木の下掘り続けてもうお腹ぺこぺこだよ。そうだ、まだ借りた本も最後まで読んでなかったから食べながら読めばすぐ返せるよね」

(2016/2/22)
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トカッセさん
 むかしむかしあるところに青い前髪のすてきな兎鹿がいました。名前はトカッセといいます。
 うまい草を探し求めて、てくてく歩きます。
 道端で大柄の衛士が困っていました。なんでも主人の布が兎鹿に食べられてしまい、その代わりの品を探しているそうです。トカッセは仲間の不作法をわびて、自分の持っている布を渡しました。うっとりするような夢ごこちの色をしていますし、母兎鹿に頬ずりしたときのようなやさしい手触りのとっておきの布です。衛士は大喜びでおじぎをして無言で去っていきました。

MMNWMMMNM

 トカッセが歩いていると元気のよい少年が近づいてきました。額の印だけでなく、好奇心旺盛な目がきらきらと輝いています。何をやっているのか、どうして兎鹿が二足歩行できるのか、なぜ服を着ているのか、生まれた時から青い前髪が生えていたのか、などと根掘り葉掘り聞いてきました。トカッセにとって、うまい草を探し歩くことも二本足で歩くことも服を着ることも、青い前髪が生えていることも月の色が変わるのと同じくらい当たり前のことでしたから、あらためて聞かれても困ってしまいます。少年はぎゅっと服を掴んで離してくれそうありません。困り果てた末、掴まれた上着を脱ぎ捨て、すたこらさっさと逃げ出しました。
 トカッセは自分が喋るより、誰かの話を聞く方がいいなと思いました。

MMNWMMMNM

 ひょろりとした男が向こうから歩いてきました。ちょろりとヒゲをはやしています。この辺りでうまい草を見なかったか聞いてみました。男は履いている靴と引き替えに教えてあげると言います。靴はトカッセの足にぴたりと合うサイズで、目の前にいる男に履けるような物ではありません。男はそれでもいい、こんなにすばらしくて珍しい靴は今まで見たことがないと褒めたたえます。いい気分になったトカッセはそれならと靴を男に渡し、うまい草が生えている場所を教えてもらいました。

MMNWMMMNM

 どこへ行けばうまい草があるのかわかったのでトカッセの足取りは軽くなりました。
 川のせせらぎがトカッセの耳に入ってきました。水を飲もうと近寄ると、男が倒れていました。それも葉っぱ一枚しか身につけていませんでした。
 男が起きると口からはお酒の匂いがぷんぷん漂ってきました。昨夜は衛士仲間とたいそう盛り上がってお酒を飲んだので、どうしてここまできたのかも、服をどこに置いてきたのかもわからないと途方に暮れています。トカッセは自分が着ていたシャツをあげました。
 男は一度は断りましたが、さすがに葉っぱ一枚で街に帰れません。トカッセからシャツを受け取り身につけました。
 お礼を言って男は街の方へ走っていきました。

MMNWMMMNM

 とうとうトカッセはなにも着るものがなくなってしまいました。なにか物足りなさを感じながらも、それでも歩いていますと、子どもが木の下でうずくまっているのを見つけました。
 子どもはぷるぷるとふるえていました。トカッセはもうあげるものがなくなってしまっていたので困りました。そこでふと、いいことを思い出します。トカッセにはすばらしい毛が生えていたのです。子どもはふかふかのトカッセに、身体だけでなくおでこまでぴったりくっつけて眠りました。
 お腹が空いたトカッセは子どもを抱っこしたまま、側に生えているふつうの草をつまみました。この日は、うまい草が生えている場所に辿りつけませんでしたが、子どもの安らかな寝顔を見ていますと草はうまい草ほどおいしくなりました。お腹いっぱいになったトカッセは満足してすやすやと眠りにつきました。

(2012/12/31)
【もくじ】 【戻る】
楔:リリアノ愛情B後。
 医士が退出する扉の音を背に、窓辺にゆっくりと歩みを進めた。
「これでは……ゆかぬではないか」
 リリアノは己の腹に手をあてた。
「体調が悪いんだって?」
 心配げに眉をひそめたレハトが部屋へ入ってくる。彼はリリアノへ寄り添い、いたわるように髪に触れた。
「お主はどうだ。このところ身体に変調はないか」
「俺の心配より……。リリアノ? もしかして」
「まさか今頃になって授かるとは思っておらなんだ」
「ああ……!」
 レハトは嘆声を漏らし、リリアノを抱きしめる。けれどすぐさま身体を離し、椅子を持ち寄り彼女に勧めた。座ったのを確認するともう一脚の椅子をリリアノの正面に移動させ腰掛けた。彼女の指先をそっと包み、手の甲へ口付ける。
「名前は何にしようか」
 リリアノは微笑みを浮かべた。
「お主は気が早いぞ。まだ一年も先のことであろう」
***
 ディットンで暮らすタナッセの元へ手紙が届けられた。鳥文ではなく使者が来たことに、一瞬背筋に冷たいものが走る。
 手紙はレハトからだった。以前ディレマトイであることを突き止められたのをきっかけに親しくしていたが、タナッセが城を出てからは縁遠くなってしまい連絡はとっていなかった。それが今になってどうしたことか。
 机につき、封を切り手紙を取り出す。一呼吸の後に開いたその内容を見て、思いもかけない知らせに驚愕した。まぎれもない慶事であることに安堵する。控えめな文面であったが、抑えきれない喜びで溢れていた。
 タナッセは祝いの言葉を添え、返事を綴ったのだった。

(2013/1/31)
タナッセに相談する:ティントア愛情。
「聞いてよタナッセ。こないだの中日にティントアに告白したら両思いだった! でもさ……いきなり、く、口付けしてきたんだよ。二回も! どうしようそんなことする人とは思わなかったよ! いつもぼーっとしてるのにすごくすばやかった! 私どうすればいいんだろう?」
「私に聞くな」
「しかもティントアは私も口付けしたいんだって思ってるみたいだよ。またされそうになったらどうしよう」
「嫌なら断れ」
「そ、そうじゃないけど、ティントアを拒否するみたいでできない。それに恥ずかしいじゃないか!」
「私に聞かせるのは恥ずかしくないとでも言うのか?」
「だってタナッセは親友じゃないか。助けてよ」
「だいたい私に何をしてほしいというのだ。言っておくが、その神官に手加減してやれなどと余計な口出しをするつもりはないからな」
「そういうのを期待してたのに。本人に面と向かっては言いづらいよ」
「付き合うのなら、これからもっと言いづらいことが増えていくのだろうが。……練習だと思ってやってみろ」
「それしかないのかな……うん。わかった。ティントアに言ってみる」
 納得したらしい友人に、タナッセはやれやれとため息をついた。
「その練習相手になってよ」
「お断りだ」

(2013/8/13)
【もくじ】 【戻る】
謹慎
 待ち合わせ場所に現れたティントアは、近寄るなり私を抱きしめた。頬に彼のさらさらと流れ落ちる髪の毛が触れる。
 近づいてくる顔に手の平を当て、押しとどめた。
「レハト?」
「あのさ、私まだ分化してないんだし、そういうのはやめてよ」
 彼の胸に手をあてて、ぐいっと押しのける。名残惜しげに離れたティントアは、不思議ものを見るように私に目を向けた。
「それに査問会の後でただでさえ大人しくしてなきゃいけない時なのに、外でいちゃいちゃなんかしちゃだめだよ。そこのところ、わかってる?」
「うん……わかった。レハトが成人したらいいんだよね?」
 そう言って私の手に指を絡めて握りしめた。
 やっぱりわかっていない気がする……。

(2014/1/27)
【もくじ】 【戻る】
チョコ
「はいタナッセ」
 レハトが満面の笑みを浮かべて上品なリボンをつけた袋を渡す。タナッセがいぶかしげな顔で、袋を開ける。
「なっ、何だ、これは……一体、何のいやがらせだ?」
「え、チョコだよ」
「チョコ、だと? お前の村では兎鹿のフンをチョコと言うのか」
「兎鹿のフンなんかと一緒にしないでよ。すっごくすっごくおいしいんだから。でもってすっごく貴重なんだから! 私なんて小さなかけらを一度しか食べたことなくて、そうそう食べられないものなんだよ!」
「……これを、食べるのか?」
「そうだよ! 見てくれはちょっと悪いかもしれないけどさ、食べてみてよ」
「……断る」
「せっかく少ない伝手を頼ってなんとか手に入れたのに! いいから食べてよ」
「いやだ。これだけは口に入れたくない」
 真一文字に結ぶタナッセの口の端にぐいとレハトの指が入り両端をぐいっとひきのばす。文句を言うため開いた彼の口に、チョコを放り込む。口から出さないように手のひらで栓をした。女性に分化したとはいえ、御前試合で優勝するほど鍛えられた腕に詩人ディレマトイの腕力は敵わなかった。
「むぐぐ……ぐぐっ」
「食べるまで離さないから」
「ぐっ………………」
 顔色が青くなり、赤くなり、白くなった後、観念した様子でタナッセがごくりと飲み込んだ。白くなったとき、後方に控えていたモルが動きかけたが、すぐさまレハトが手を離したのを見て立ち止まった。
 レハトは満足したため息をつき、満面の笑みを浮かべて尋ねる。
「どう? おいしかったでしょ」
「丸のみで味なんぞ分かるか!」
 怒ったタナッセは立ち去ってしまった。
***
 どうすればチョコを普通に食べてもらえるのかレハトは考えた。タナッセにチョコを味わってもらうことを失敗して学んだのは、城の人間にとってはチョコは兎鹿のフンに似ていて非常に抵抗感があるということだ。たしかに並べると紛らわしいかもしれない。とにかくお菓子なのだと主張し、食べやすい状況にする工夫があるだろう。
 そもそもヴァイルは護衛がぞろぞろついているのでタナッセの時のような手は使えない。また、前もってヴァイルの侍従にチョコを食べさせてもいいか許可をもらう際、渡した茶色の物体を前にしてなんとか平静を装った毒味役が口にした後お許しが出た。安全上の問題はない。
 その日、会う約束をしていた小部屋に早めに到着した。チョコに合うお茶を用意し、綺麗な皿にチョコを盛り付けて待つ。
「ごめん、遅くなって」
 部屋に現れたヴァイルは、ぱたぱたと小走りでレハトに近づいた。
「ううん、私が早かったんだよ。ヴァイルに食べてもらいたいものがあって」
「俺に?」
 席に着いて、チョコを目にした一瞬、表情が強張った。すぐに笑顔を戻したが、よく観察していたレハトはしっかり目撃した。気にしない様子でヴァイルにチョコを勧める。
「あのね、これはチョコっていうお菓子なんだよ。私の村で作ってたものなの。美味しいお菓子、たくさん食べてるヴァイルの口に合うかどうかわからないけど。……ヴァイルは珍しい果物を取り寄せてて、よく私に食べさせてくれたよね。どれも見たことがない不思議な驚きに満ちていて、どれもほっぺたが落っこちるくらいおいしかったよ。だから、ヴァイルに私の大好きなものも食べてもらいたいなあってずっと思ってたんだ。やっとこの間チョコを手に入れることができたの」
 「これって兎鹿のフン?」とヴァイルが聞かなかったのをいいことに、レハトは食欲を減退させる禁断の言葉を避けて説明する。おまけに原材料は豆だが、豆嫌いのヴァイルにはあえて伏せた。
 ヴァイルは、うれしそうに照れた笑みを浮かべて礼を言い、あっさりチョコを口にした。
「あ! うん、おいしい!」
「でしょ?」
 二人で顔を合わせて笑う。
 和やかに午後のお茶会は終了した。
***
 何となくルージョンが屋上に来ていそうな気がしたのでレハトは足を向けてみた。果たして、長い髪を風になびかせた神官姿の女性が立っていた。
「何だい、その顔は。何かたくらみを隠している顔だね。その後ろに持っているものを出してみな」
 袋からチョコを出してルージョンに見せると、彼女はぎょっとした顔で後ずさりした。
「お前はいくつになったと思ってるのさ。そんなものをわしづかみにして……私に近寄るんじゃないよ!!」
「違うってば! 豆から作ったお菓子だよ」
 お菓子、と聞いてルージョンがぴくりと反応する。
「すっごく甘くて、すっ…………ごく、おいしいんだよ」
 甘い物が好きらしいルージョンにおいしさを訴える。彼女は徐々に少しくらいなら食べてやってもいいかなという方向に気持ちが傾いたような表情をかすかに浮かべた。レハトは手にしていたチョコを自分の口に入れた。
 あっ、と口を開いてルージョンが見る中、もぐもぐとおいしそうにチョコを味わう。天にはばたく美味しさなのだから、レハトの幸せそうな表情に嘘偽りはない。
 お菓子を味わう顔をしっかり見せつけた後、ルージョンの鼻先にゆっくりチョコを持っていく。
「ほら、甘い匂いがするでしょ?」
「……ふん、だからどうしたっていうんだい」
「あのね、たくさんあって一人じゃ食べきれないから、ルージョンも食べてくれないかなあ」
 少し下手に出ると、しょうがないとか仕方がないやつだねなどといいつつ、ルージョンはチョコを食べた。かっと目が開く。すぐさまごまかすように目を伏せたが、口をもごもごと動かしている。……味わっている。
「……次を貸しな」
 待ちかまえていたレハトは袋からぱっとだしてチョコを渡す。
 食べ終わる頃にはいつの間にかチョコが入っていた袋はルージョンが持っていたのだった。
***
 廊下の向こうから歩いてくるタナッセに、声をかけた。
「この間はごめんなさい……」
 タナッセがじろりと睨むと、レハトはおらしくうなだれた。呆れたようなため息がレハトの頭の上を通り過ぎていく。
「まったく。お前はなぜああまでして人に食べさせようとする」
「美味しいからタナッセにも味わってもらいたいなあって思ったんだけど。なんだか途中から興奮して意地になっちゃって」
「お前はもっと落ち着きというものを身につけろ」
「それで、今日はおわびに……これを持って来たんだ」
 レハトは後ろ手に持っていた小箱を出して、ぱかりと開ける。
 このときのタナッセの顔には、突然海に放り込まれ魔物に呑み込まれていく人間と同じような驚愕の色がありありと浮かんでいた。
 誤解に基づく恐怖を和らげるため、チョコの脱「兎鹿のフン」のため、レハトは熱心に訴えた。
「前のチョコはごろんとして丸っこすぎたよね。質感もなんだしね。だから形や加工方法をちょっと変えてみたんだ。今度はつやつや光っていて滑らかで綺麗でしょう? 食べやすいよう一口大の楕円形にして、薄くしたからきっとタナッセも食べようかなって気になってくれると思うんだ。箱いっぱいにたくさん入って……タナッセ?」
 タナッセはいつの間にか消えていた。
 辺りを見回すと、廊下の角を曲がる後ろ姿が見えた。

(2014/3/9)
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もしグレオニーがかもかてをプレイしたら
 面白いゲームがあると勧められた。
「寵愛者様になるゲームか」
 主日になると画面が薄暗くなった。
「あれ……」
 窓から見える外の景色はどんより曇り、水の音がする。がっくりと肩を落とす。
「ゲームでも雨か……はは」
 地道に武勇訓練に励む。
「ん? また雨か。これで八回連続だぞ。もしかして、このゲーム、主日はいつも雨なのか……? まあ、いいか。先を進めよう」
 その後も順調に能力を上げていき、訓練の成果が出た。
「おおっ、御前試合で優勝! ってゲームで勝ってもちょっと空しいけどな……」
 そしてエンディングを迎える。
 何度も御前試合で優勝したおかげか、それとも未成年にして武勇200もあるからか、衛士長までなれた。
「しっかし、最初の方以外ほとんど人と会わなかったな」
 首を傾げる。
「“キャラなし”ってことは、“キャラあり”もあるのか?」
 勧めてくれた奴に、主日が晴れの日はあるのか聞くと、「真の雨男だ」と大笑いしながら讃えられた。

(2015/4/18)
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もしたくさんのレハトがいたら:パラレル。みんなと愛情ED。
 リリアノは壁際の村へ報告をやったローニカからの手紙を見てつぶやいた。
「これまで、よくぞ母親一人で隠し通してきたものよ」
 すでに亡くなった面識もない女性に思いを馳せ、深いため息をつく。
「……神に選ばれた者がヴァイルを入れて十二人。さてどういったつもりであろうな」
 
 城についたレハトたちはフードをかぶりぞろぞろ列をなし、ローニカに先導され歩いていた。途中で青い髪の貴族らしい服装の男がぎょっとして立ちすくんでいたが、あちこち見るのに忙しいレハトたちはすぐにほかへ興味を移したのだった。
 人払いされた王の間へ通されたレハトたち。ローニカに促されフードを下ろし、額を隠した布を取り払った。
 選定印をその目で確認したリリアノはレハトたちに王になりたいかと尋ねた。
 王になりたいと挙手するもの、頭をぶるぶると振って否定するもの、ぼーっとよそ見をして聞いていないもの、どうでもいいとはっきり言い放つもの、レハトたちの反応は様々だった。
 
 次にこれから過ごす部屋に案内された。中には黄緑の髪の少年がいた。額にはレハトたちと同じ印が淡く光っている。
 ずらりと揃った同じ顔のレハトたちを見てぽかんと口をあけていたが、すぐに気を取り直して名乗った。少年は王候補でヴァイルという。好奇心を隠さない笑顔をレハトたちに向けた。
「ほんとにあんたたちって十一人もいるんだ」
 リリアノと同じように、王になるつもりはあるか尋ねた。
 するとレハトたちはやはり口々に異なった意見を言う。ヴァイルは侍従から聞いていた話と若干違うと気づいたが、侍従は誰がなんと言ったかは報告できず、ヴァイル自身も会ったばかりの十一人のレハトたちを区別できず、何も追求せずお互いの自己紹介が済んだ後は大人しく帰ったのだった。
 
 部屋で落ち着いたレハトたちはローニカから城での過ごし方を聞いた。
 まず、秘密を知る者以外には皆レハトと名乗り一人に見せかけること。これは無用の混乱を招かぬようにとのリリアノの配慮だという。王様の指図だということでほとんどのレハトたちは素直にうなずいた。さらに防犯のため城からは出られないこと。これから城で暮らしていくための作法を学んだり、王になるための勉強をしたりする話を聞いた。
 印についての説明も聞いた。
「俺たち母さんに言われて隠してたけど、みっともないからってだけだと思ってたよ」
「城にきてもまだ隠さなきゃいけないんだ……」
「いやいや王様の徴がこんなにたくさんあったら有り難み薄れちゃうよ」
などと言い合うレハトたちだった。
 ローニカはよくこれだけ騒がしい子どもたちがいて一人も寵愛者が発覚しなかったことに驚いた。見透かしたかのように、レハトの一人が言った。
「母さん怒ると怖かったから」
 寂しい口ぶりに、レハトたちはそろってしんみりした。
 
 それからレハトたちの城暮らしは始まった。最初は一人が部屋から出ていると残りはみな部屋にいたが、やがて場所がかちあわないなら構わないだろうと話を合わせ、レハトたちは徐々に自分のペースで快適に過ごすようになった。
 二人目の寵愛者が神出鬼没だという噂が広まった。
 
 あるレハトはヴァイルと仲良くやんちゃに過ごし友情を深め、知らず知らずのうちに愛情まで育んでいた。あるレハトはタナッセと一番仲が悪かったものの婚約し憎悪劇の末に殺されかけて、見舞いにきたタナッセを兄弟たちが殴りかかったところを止めてなぜか芽生えていた愛を告白した。
 はたまたあるレハトはリリアノの包容力のある母性に惹かれて親しくなったもののそれがいつのまにか愛情に変わっていたことに気づいて愕然とした。あるレハトは陰から自分(たち)を守る存在のローニカに懐いて穏やかな日々を過ごした。
 そしてあるレハトは親しみのある優しいサニャに告白したのち両思いになり、手をつないでうかれているところを見られて兄弟たちからからかわれた。あるレハトは衛士に憧れグレオニーを慕い、兄心を刺激、周囲をうろつき鍋をつつき、武勇の高い兄弟の出場を泣いてすがりつき止めた御前試合でグレオニーの勝利の女神となった。あるレハトは年上の女性文官モゼーラに惚れて告白し、結婚する約束をしてうかれて歩いて兎鹿のフンを踏んづけてしまい兄弟たちにからかわれた。
 さらにあるレハトは、人を寄せ付けない美貌の神官ティントアにじりじりとにじり寄りその執念で信頼と愛情を勝ち取った。あるレハトはティントアの双子の兄弟ルージョンにとんでもない多情な子どもであると疑いをかけられ大変なことになったが誤解はとけた。
 また、あるレハトはトッズの怪しい話術に言いくるめられ一時は誘拐されかけたが事なきを得、兄弟たちからあれはやめろと反対されても素直な恋心でもって想いを成就させた。あるレハトはユリリエの愛の虜となり、他の人間との仲を指摘されるとあっさり兄弟の秘密をばらしてさっさと濃密な時間を恋人と過ごした。
 
 毎回舞踏会になると誰が行くかで揉め事になり、くじ引きをしていた。
 レハトたちの恋愛事情はいつの間にか漏れ出てしまい、城中でレハトは色事師だとか、ユリリエ並みの愛の狩人だとか噂されたのだった。レハトの評価は勇ましい、奥ゆかしい、世知に長けた、才走った、小粋な、など人によって違ったが、老若男女問わない恋多き人物であったことは一致している。
 
 王に選ばれたのはヴァイルだった。血筋がよく幼少より城で王になるべく育てられたヴァイル。王を目指していたレハト以外の誰もが納得する結末となった。その王配にはヴァイルと仲の良かったレハトが選ばれた。
 まだ想い人に秘密を打ち明けていなかったレハトは、それぞれ最後の日にすべてをさらけ出して気持ちをいっそう通じ合わせた。リリアノは成人後のレハトたちに問題がないよう陰ながら手回しをした。
 どのレハトもみな末永く幸せに暮らしたのだった。めでたしめでたし。

(2015/12/2)
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