興味津々
愛情ＥＤ前。キスしたいとレハトが騒ぐ話。酒盛りしてます。ちょっとトッズが当て馬。

「ねえねえ、キスってどんなのだろ。ヴァイルしたことある？」
「ないよ。……まだそういうのって早いし」
「この間本でいろいろ読んだんだけど、すごくていいものみたいに書いてあったよ。してみたい！」
　いやな予感がした。こういうときの勘はよく当たる。
「ね、ヴァイル。してみない？　キス。しようよキス」
「レハト絶対酔ってるだろ。もうおしまいにしよう」
　転がっている空の酒瓶を、ちょろまかすときに入れてきた袋へ戻す。酔っぱらいの言うことは聞き流すに限る。
「酔ってない〜。だいたいヴァイルがお酒好きなのって禁止されてるからでしょー。ならキスだっていいじゃん。しちゃいけないんだろ。挑戦しろよーヴァイルのケチ、いくじなし！」
　レハトは寝転がって手足をばたばたさせる。
「やっぱ酔ってるし……。ほら、水飲んで少し酔い覚ましたほういいよ。あんたんとこの侍従頭うるさそうだし」
「ローニカの前通るときは息止めとくから大丈夫。そんなことよりキース！　キース！」
　ぐでぐでした身体が肩に寄りかかってくる。レハトがここまで絡み酒だとは予想外だった。
　なにもレハトとするのが絶対に嫌というわけではなかった。ただあっさり承諾することにためらいがある。
「ちょっとだけでいいからしようよ〜」
　身体を左右にゆすって駄々をこねるレハトがずるずるとすべり落ちてまた床に転がった。
「しないって、ほら、起きなよ」
「やだー、ヴァイルとするまでここ動かない〜」
「……じゃ、置いてくよ」
「あ、待って待って！　やだヴァイルいかないで」
　レハトがしがみついて頭をぶんぶん振る。
「…………一回だけ、だから」
「うん！」
　緊張する間も置かずにレハトが唇を重ねてきた。離れたレハトの顔はぶんむくれていた。したいって言ったのはレハトなのに。なんだよその顔。
「詐欺だっ、キスって柑橘みたいなさわやかな味がするって書いてあったのに酒くさいだけだよ！」
　初めてキスした感想がそれなんだ。
「そりゃ俺たちが酒盛りしてたからだろ」
「えっ、そうなんだ。じゃあ果汁飲んだらいいのかな。明日試してみようよ」

******

　中庭をほっつき歩いていると、突然レハトが茂みから顔を出した。手には瓶を持ってる。その中身が果汁だろうと見当がつく。
「ヴァイル、こっち来て！」
　レハトの遊びの誘いなら一も二もなくついて行くが、今日に限ってはあまり気がすすまない。何かそれらしい理由をつけて断ろうかと思案する。レハトが待ちきれずにがさがさと茂みをかき分けてやってきた。ふたりして草の上に座る。
「何、なんか用事あるの？」　
「……別にないよ。午後からの儀典の授業面倒だなーって考えてただけ」
「ふうん。まだ時間あるよね。昨日の続きしようよ」
「……んー」
　まだ何とも気持ちの準備ができていなくて、煮え切らない返事になってしまう。途端にレハトがむくれる。
「そんなに嫌ならいいよ。他の人にお願いする」
「え、誰」
「うーん。トッズなら、うんとお願いすればしてくれそう」
　あのうさんくさい商人？　この間の市で二人が話してるところを見たけれど、愛想のよい口調で応対しながらも、どこかさぐるような目つきが気に入らなかった。だいいち年が離れすぎている。
　すっくと立ち上がるレハト。とっさに伸ばした手で勢い余って倒してしまい一緒に草の上に転がった。
「なにヴァイル。重い」
「あ……！　い、いいよ。してもいい」
「無理しなくていいって。嫌なんでしょ」
「やじゃない」
「顔が嫌がってるもん」
「それはっ……恥ずかしい、から」
「なあんだ、そっか。ふたりだけだから大丈夫。じゃしよう早速」
「わっ、ちょっと、待った！」
「なに」
「あのさ、果汁飲んでからじゃなかったの」
「ああ、忘れてた。じゃ飲もう飲もう」
　勢いよく起きあがり行儀悪くラッパ飲みでごくごくと瓶の半分ほど飲んで、はいと瓶を手渡してくる。一瞬躊躇った後、一気に飲み干す。
「いくよ、ヴァイル」
　ぎゅっと目を閉じてレハトを待つ。けど、いつまでたってもこない。かわりに耳元にレハトの声が届く。
「あのね、ヴァイル。キスしたいっていったのは、誰でもいいんじゃないからね？　さっきトッズの名前出したの本気じゃないよ。ヴァイルが乗り気じゃないからなんか、悲しくて……あれ、くやしい、かな？　ともかくキスしたいのはヴァイルとだけだから！　だってキスって好きな人とじゃなきゃだめだもん」
「レハト……きって」
「え？」
「ううん、何でもない。……俺も、レハトとがいい」
　顔が熱い。触れ合った部分の感覚が自分のものじゃないみたいで、頭の中をぐるぐると何かがとぐろをまくように居座ってまともに考えられない。レハトが好きって、言った。たぶん聞き間違いじゃなくて。それで、キスして。レハトと一緒にいられて嬉しいのに、好きって言われて嬉しいのに、苦しくて胸が痛い。レハトを置いて逃げ出したくなる。レハトの顔を正視できなくて、ちらっとだけ見た。
　今のはレハトの望み通りのキスだったはずなのにどうして不満そうな顔してるんだろう。
「レハト……今度は何さ」
「ちゃんと果汁飲んだから、ちゃんとしたキスだったのに。もっと頭の上でラッパがぱっぱらぱーって鳴るようなすごいのを想像してたのに！」
「なにそれ」
「だからー、こうばーんと爆発するような衝撃がとか、頭がぽんぽんはじけるとか、濁流に呑み込まれるような感じをだよ」
　レハトは図書室でどんな本を読んでそんな妙な認識するようになったんだろうか。
「……するたびにそんなになってたら大変だと思う」
「そっか」
「うん」
「そだね」
「うん」
「ヴァイル、もっかいキスしていい？」
「……うん」
　
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