家族
 ヴァイルと連れだって広間であれを食べようかこれを食べようかと話してるときだった。少し離れた場所に座っているタナッセの姿が目に入る。にやりと笑ったヴァイルと一緒にこっそり後ろから忍び寄る。タナッセが気づく気配はない。目配せをして一斉に飛びかかった。のぞきこんだ顔は怒りで真っ赤になっていた。びっくりしたかとタナッセの耳元で騒いでいると、予想外に強く振り払われて床に投げ出されたとヴァイルがぽかんとする。タナッセはしまったという表情を浮かべて見下ろした。ぱっと立ち上がったヴァイルが笑みを浮かべ冗談めかして、けれど相手に何も言わせない勢いでまくしたてる。がどうする間もなくヴァイルは中庭の方へすっ飛んでいってしまった。立ち尽くすタナッセの周囲で、小さなくすくす笑いの波が広がる。
「もらってくから」
 卓上の皿からまだ手を付けていない果実を一つ手に取って、中庭へ走った。空を見るとどんより曇っているのが気になった。
***
 こういうときは中庭の奥だ。案の定、根しか残っていない大きな木の下にヴァイルがぽつんと座っていた。今にも泣きだしそうだ。泣きたいなら泣けばいいのにと思う。前はもっと泣いてた気がするのだけど、いつからか我慢するようになってしまった。
 近頃タナッセといまいちかみあわないことがある。それをヴァイルは気にしているらしく、こうして落ち込むことが多かった。
「はい、ヴァイル」
 隣に座り、果物を半分にして片方をヴァイルに手渡す。
「ん……ありがと」
はさ、えーと、あれだ……そう! なんか嫌な夢を見たとか、ミーデロンになんか厭味言われたとか、ユリリエにいじめられたとか、そんなもんだよ。たまたま虫の居所が悪かっただけでさ、単なる八つ当たり。しばらく放っておけばすぐまた向こうから寄ってきて小言ぐちぐち言ってくるって……ってなんでがこんなに必死になってるんだろ。だってお尻打ったのに」
 口にして釈然としない思いがふくらんでいき愚痴をこぼすと、ヴァイルが小さく笑った。
「それでさ、今日の忘れたなって頃を見計らって仕返ししようよ。すっころばすの」
 ヴァイルは頷いて果物にかじりついた。
 は、言い出しっぺだからとさまざまな方法を挙げ、ついでに今までタナッセにしてきたいたずらも思い出す。
「そういや、中庭をうろついていた兎鹿にタナッセの布ほっかむりさせたよね」
「似合ってたよ、あれは。うん」
 布を身につけたまま兎鹿が逃げてしまい、タナッセお気に入りの布は今も行方不明のままだ。タナッセは破れて土まみれになってるに違いないと夢のないことを言って怒っていた。たちは、布を気に入った兎鹿が今も愛用しているに違いないと話してる。タナッセと似た感じの、気取ったところのある洒落者の兎鹿。いずれは二足歩行になって、たちの前に現れたりするのだと想像をめぐらせていた。
***
 灰色の雨雲が移動し、辺りに明るい日の光が差してきた。これならば今日はもう雨は降らなそうだ。
 中庭から出てヴァイルと廊下で別れた後、タナッセを探した。
 わだかまりはその日のうちに解消したかった。それが無理ならそのきっかけでもいい。時が経てば経つほど距離ができて話しかけづらくなる。ヴァイルもタナッセも頑固なところは良く似ている。それが自分にまるでないのが、血というものを考えさせられて胸の奥がわずかに痛くなるけれど、ときにはこだわりのない性格でよかったと思える。
「タナッセ!」
 呼んでもちらりと視線を向けるだけですたすたと歩いて行く。小走りで追いついた。まだ人を寄せ付けない気配を感じて、少し距離を置いた。
「あのさ、さっきのちょっとびっくりしただけだから。もヴァイルも。先に驚かせたのこっちだし」
 タナッセからは長いため息だけが返ってくる。まだ怒っているのか、それとも短気な自分に苛立っているのか。それを確かめるために怒っているのかと尋ねたら、元からそんな気分でなくとも怒ってしまうから聞くに聞けない。
 タナッセはぴたりと足を止めて、肩の布をひるがえして振り返った。片方の眉をあげて見下ろしてくる。
「もう幼子と呼べる時期は終わったのだ、少しは落ち着きを覚えろ。食事中の人間に飛びかかるな」
「へへ……うん。の背中って好きなんだもん。なんか懐かしいっていうか……」
「すっ……!?」
 ずだんと大きな音を立てて転んだタナッセをモルが助け起こす。
「大丈夫?」
 思わず腕に触れようとして、思いっきり後ずさりで逃げられた。
「う、うるさい! 私に構わずどこへなりとさっさと行け!」
「だって、まだと話したいのに」
「お前が行かないのなら私が行く。いいか、ついてくるなよ」
 ついていくもなにも、あっという間に廊下の角を曲がって姿を消してしまった。相変わらず逃げ足が早い。ユリリエに鍛えられただけある。
 本当にどうかしたらしい。今日のタナッセの様子はおかしすぎる。といっても顔をあわせるなり逃げられるほどのひどいいたずらなどしていないはずだ。ただ、本気で怒ってるわけでもなさそうだ。謎だ。どういうわけだかわからないが、ああいう人だからこれ以上つきまとっても態度は変わらないだろう。ヴァイルに言った通りしばらく放っておくしかない。
***
 しばらくしてタナッセがディットンに行ってしまった。留学というが、逃げられた気がしてならない。手紙でも出そうかとヴァイルを誘ったのだけれど、添削されて返ってきそうだといって書こうとはせず、結局一人で書いた。こちらの近況に加え、がいなくて寂しいなどと可愛らしい弟らしく書き添えて手紙を出したが返事は三回に一回返ってくればいいほうだった。それでも返事がくるなら大丈夫だ。ディットンで元気にやっていることだろう。
 それより心配なのはヴァイルだ。タナッセが城から離れてから、どことなく元気がない。タナッセからの手紙を見せても、斜め読みか早いときは一瞥しただけで返してくる。長年ずっと側にいた人がいなくなって、ぽっかり頭の隙間が一人分空いてしまったようで落ち着かない気持ちはわかる。だとしてもヴァイルもじきにタナッセのいない生活に慣れると思っていた。
 ヴァイルが旅立つタナッセに、自分が気に入るお土産を持って来なかったら城に入れてやらないと言っていた。それはいつもの軽口だけれど、それだけではないとも感じられた。まるでタナッセに何かわだかまりがあるようだ。
 思う浮かぶ理由としてはらとタナッセの立場の違いだ。寵愛者であるヴァイルもも城から離れられない。ところがタナッセは、城を出て遠くのディットンまで行ってしまえる。さらにヴァイルは、タナッセに自分が拒否され、置いていかれたと思っているのではないだろうか。旅立つ少し前に広間でタナッセに振り払われた出来事もそうだ。ヴァイルはショックを受けていた。別にそれがすぐさま、ヴァイルを拒否したことにならないというのに。
 タナッセから送られてくる手紙にはヴァイルを気遣う様子がそこはかとなく表れてた。タナッセは意地っ張りなところがあるから、そう素直に書いてはこないけれど、あのうるさい小言さえらへのタナッセなりの親愛の表れだと思ってる。とヴァイルがタナッセにいたずらするのと同じように。だって、らは家族だから。血のつながりはにはないけれど、何があったとしたってどこかで繋がっていると思っている。ましてタナッセとヴァイルは正真正銘の従兄弟同士なのだから尚のこと。
***
 御前試合でヴァイルが相手の衛士に斬られた。ひどい怪我で、面会を許されたのは一週間経った後だった。会えない時間の長さに恐ろしくなるばかりだったはすぐさま駆けつけた。
 寝台に横たわるヴァイルに近づくと薬の強い匂いがした。血の臭いも混じっていたことで、不安がさらに高まった。
「ヴァイル……ヴァイル、心配したよ」
「うん……まあ、なんとか生きてる。へへ……ちょっと、へました」
 笑みがぎこちない。布団から出ていたヴァイルの手に触れるとひやりとした。自分まで冷えた心地だった。ヴァイルの手を両手で包み、温めようと擦る。
元々暑がりだったじゃん。そっちのが、あったかいの当たり前……」
「ヴァイル、にできることある? 何でもするから、一日でも早く元気になってよ」
「診察の時間なのでそろそろよろしいですか?」
 ヴァイルが何か口にする前に、医士が現れた。部屋を出て行くよう言われてしまった。離れがたいけれどヴァイルの身体が第一だ、医士に任せるしかない。
「また来るね。今度はちゃんとお見舞い持ってくるから」
「ん、ありがと」
 弱々しく手を振るヴァイルに胸が痛くなる。怪我の半分を自分が受け取ることができればいいのに。ヴァイルだけが苦しむのは何だか不公平な気がした。
 医士にヴァイルのことを頼むと、当たり前だという顔をされた。ヴァイルの御典医なのだから言わずもがなだった。何を置いてもヴァイルのために手を尽くしてくれるだろう。
 部屋を出てしばらく扉の前の廊下に座り込んでいたら、タナッセが来た。タナッセが帰ってくるとは聞いていたけれど、ずいぶん早かった。ヴァイルの容態を聞かれ、冷たい手の感触を思い出してタナッセの手にすがりついた。温かい。思いのほかしっかりと手を握りかえされた。
「どうしよう。ヴァイル、手が冷たかった。顔色も悪くて、声だってぜんぜんいつもと違って」
「当たり前だ。大怪我をしたのだからな。体温が低いのは大量に血を失ったせいだろう。落ち着け。一度深呼吸しろ。お前が慌ててもどうにもならん」
「うん……」
 言い聞かせるようなタナッセの声に安堵した。昔、怖い話を聞いて怯えたときもこうして手を繋いでくれた。この声を聞くと、暗闇も平気になれた。
「よかった、タナッセが帰ってきてくれて」
「……奴はそうは思わんだろうがな」
「そんな、きっとヴァイルも喜ぶよ」
 医士が出てきて今日の面会は無理だと言われた。せめて遠くから帰ってきたタナッセと顔を合わせるだけでもと言ったけれど、ヴァイルの病状の悪さを持ち出されては引き下がるしかなかった。の落胆に、タナッセはがもう一度ヴァイルと会いたかったのだと勘違いをしたらしく、なにやら慰めてくれた。
 それから五日もたった後、面会の許可が下りた。ヴァイルは順調に回復しているようで、顔色はずっと良くなっていた。は城中を回って聞き集めた楽しい話をお見舞いに持っていった。
 部屋に入って挨拶もそこそこに、タナッセはヴァイルへ包みを渡した。ディットン土産らしい。ヴァイルが渡された鳥をぼんやり眺めていると、タナッセはにも似た包みをくれた。同じく鳥を形作ったもので、広げた翼の角度や顔の向きからまるでヴァイルの鳥と対になっているかのようだ。
「お土産のことちゃんと覚えてたんだね、
「お前が手紙で念押ししてきただろうが。自分にもよこせなどと毎回毎回書かれていては忘れる方がよほど難しい」
「この鳥、今にもはばたいていってしまいそう。陶器なのに生き生きしてるね。あっ、ほら丁度、文鳥が窓の外飛んでいくところだ。ヴァイルも……」
 ヴァイルはむっつりとした表情で、鳥の置物を手から離した。
「……いらない。返す」
「なんだと、人がせっかく選んで持って来てやった物を……!」
「ディットンに行ったのに、こんなのしかなかったの? まあ、もう城に入っちゃってるから許してあげるけど」
 部屋の温度が下がった気がした。喧嘩が始まりそうな気配。タナッセは腰を浮かして何かを言おうとしてるところだった。すばやく肩にしがみつき自分の体重をかけて無理矢理椅子に押し戻した。小声でタナッセに言う。
「ヴァイルはまだ本調子じゃないんだから、いつものはやめて。お願い」
 タナッセはぐっと開きかけた口を閉じて座り直した。ほっとしてヴァイルに向き直る。とにかく話の流れを違う方向に変えないといけないと、明るい声を出す。
「ほら、ヴァイルが怪我したって連絡受けて、取る物もとりあえず鹿車を急がせて駆けつけたんだよ。ディットンからなのにずいぶん早かったもん。ねっ」
「……うるさい」
「聞いてよヴァイル、帰ってきたときの、ヴァイルより顔色悪かったんだよ。心配で心配で、きっと鹿車にいる間も足ぶみしてたんじゃないの」
「そんな真似するか」
 ディットンへ行く少し前から、タナッセとヴァイルはどこかかけちがえたようにずれて、時折何気ない会話から嫌味を言い合うことがあった。なぜだろう。昔はあんなに仲が良かったのに。
「……俺と……じなのに。何で、……セばっか」
 喉の奥から絞り出すような声だった。うつむいたヴァイルは唇に歯を押し付けて何かを必死に堪えているようだった。
「ヴァイル?」
「言いたいことがあるならはっきり言え」
 さっき止めたというのに、この調子だ。「怪我人なのを忘れてるじゃないか、の馬鹿」と口のなかで呟く。
 ヴァイルの目がをぴたりと捉えた。
「この人が帰ってきて嬉しいのはでしょ。兄さんだもんね」
 タナッセは目を見張った。
「お前、なにをいじけてるのだ?」
 「馬鹿馬鹿馬鹿、の馬鹿。言い方ってもんがあるじゃないか。修辞学の師について学んでいると手紙に書いてよこしたくせにヴァイルに優しい言葉ひとつかけらんないの」と内心罵る。タナッセの口を塞ごうとして、口の端に指が入りこみひっぱる格好になってしまった。
「なんふぁっ、ふぇあほ!」
 とりあえず目的は達した。
は血こそ繋がってないけどヴァイルの従兄弟で、タナッセの弟だよ。タナッセが帰ってきて嬉しいし、ヴァイルの怪我が良くなって嬉しいよ」
 ヴァイルの中でわだかまっていたのはタナッセへの思いではなかったのか。ともかく正直な気持ちを伝えた。ところがヴァイルは傷ついたように顔を背けた。
「それにさ、だってそう。ヴァイルが大切だから怪我したって聞いて飛んで城に帰ってきたし、ディットンからくるからの手紙にいつもそれとなくヴァイルの話が出てきたよ。昔みたいにってわけにはいかないけど、ヴァイルの手をひいてくれた昔の頃と根っこの部分は変わってないよ」
「ふぁなふぇ、ふぉの」
「……どうしてはそこまで言い切れるの。まあそこの人は文句あるみたいだけど」
「だって一緒に暮らしてたからなんとなく。でもわかんなかったら聞けばいいんじゃない。目の前にいるんだから」
 タナッセの口をひっぱっていた指を抜いた。
「……けほっ。お前は加減というものを知らんのか」
「知ってるから怪談の口裂け男みたいにならないで済んだんだよ。ヴァイル、ほら……」
 部屋が静まる。まるで夜のようだ。しばらく待ってもヴァイルは何も言おうとはしなかった。ここは年上から歩み寄ればいいとタナッセをせかしたものの、言うことなどないという顔で口をつぐんでいる。
 頑固な二人がにちょっと言われたくらいですんなり仲直りするわけはなかった。
「じゃあ今から二人の気持ちを想像して代弁するから間違ってたら訂正して」
 タナッセの後ろに隠れて、声音を真似る。
「ヴァイル。私は、お前が心配で心配でたまらなかった」
「待て
「異議を唱えるにしても早すぎるよ。続けるよ。……コホン。昔とは勝手が違うし、どんどんめきめき成長していくお前に戸惑うことがあり、少し距離を置きたくなっただけなのだ」
 タナッセの背中が揺れた。
 ヴァイルは話を聞いてくれている。
「ディットンへ逃げるように留学」
「ちょっと待て。おい、待てといってるだろうが」
「最後まで言わせてよ。コホン。……ディットンへ逃げるように留学したが、お前がいやだとか城暮らしに嫌気がさしたわけではない。だいいち城がいやならとっくにヨアマキスの父上のところへ逃げ」
「あの男の元などに行ってたまるものか!」
「わかったわかったから、だったらディットンに逃げるで……とにかく本当に嫌なら城には帰って来ない。だが、私はお前の元に帰ってきた。それが全てだ。お前が命を失わなくて本当に良かった。お前が生きていたことを神に感謝する。ヴァイルお前も神への感謝を忘れず、もう礼拝で居眠りなどするなよ。……以上タナッセの代弁おわり」
 文句が雨のように返ってくるかと思っていたら、タナッセは口を開こうとしてつぐんでしまった。の推測はそれほどあてずっぽうでもなかったのかもしれない。
 代弁などと偉そうに言ったけれど、おそらく本当の気持ちは本人にだって全てはっきりとわかるわけではないだろう。だからといって悟りきって最初から諦めて欲しくなかった。
「んじゃ、今度はヴァイルの代弁」
 寝台に腰をかけ、ヴァイルの手をぎゅっと握った。ヴァイルに目を合わせ、ついでタナッセへ顔を向ける。
「ばーかばーか。タナッセのばーか」
「……、お前が私をどう思っているのかはよくわかった」
「まあ待ってよ続きがあるんだから。……コホン。タナッセったらなにもあんな遠いディットンまでいくことないじゃん。俺が嫌いになったの。なんで俺を避けるの。俺タナッセになんかした?」
 タナッセが目を見張った。ヴァイルが手を引いてくる。にっと笑って続ける。
「タナッセはずるい。俺は城から出られないのにタナッセはいつでも好きに出られる。すっごく自由じゃん。そこがむかつく。むかつけど、小さい頃からの好きって気持ちまでなくなったわけじゃないし。それに……城に戻ってくれてほっとした」
 突然大きな物音を立てて扉が開いた。医士が姿を見せ、診察だといって部屋から追い出される。思いのほか時間が経っていたようだ。なんだか尻すぼみな感じで終わってしまった。
 憮然とした顔のタナッセと廊下に二人たたずむ。
「余計なことして、なんて言われても謝らないからね」
「お前も……私に腹を立てていたのか。まあそうだろうな」
「人に聞いておいてひとり合点しないでよ。は城で育って外の世界知らないけど、不自由を感じたことはないよ。城にはヴァイルもも、今はもいるから」
「そうか……」
***
 ヴァイルの怪我はすっかり回復し、また以前のように遊べるようになった。
「兎鹿の子ども産まれたんだって。小屋行こうよ」
「じゃあうまい草摘んでこう」
「どれがうまい草なのさ。わかるの?」
「食べてみればわかる」
「……俺、食べないよ」
「いいよ。が食べる。野菜好きだし」
 手近に生えている青々としたうまそうな草を摘んで口に入れる。
「お前は、兎鹿か!」
 軽く頭をはたかれる。背後にタナッセが呆れ顔で立っていた。
「何をやっている」
「兎鹿の仔にあげるうまい草を探してたの」
「草がなくてもタナッセのそれなら喜びそうだけど」
 そういってヴァイルが指差したのはタナッセが肩から垂らしている柔らかそうな布だった。顔色を変えてタナッセが布を握りしめた。
「兎鹿になぞやってたまるか。……小屋に行くのなら、余計な手出しをして噛みつかれるなよ」
「へいへーい」
 ヴァイルが先に駆けていく。も追いかけていく。後ろからタナッセが品の悪い返事はやめろとか言葉遣いがどうのとか言っていた。
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